水底呼声 -suitei kosei-

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  11−12  

国王がいる会議室まで,みゆとウィルは誰にも会わずにたどり着いた.
王城は,本当に静かだ.
ウィルはいっさい音を立てないので,みゆの足音だけが響く.
会議室の前の廊下には,四人の兵士が詰めていた.
「ウィル様,お帰りなさいませ.」
うちの一人が,こちらに気づいて顔をほころばせる.
「会議は終わっています.ドナート陛下がお待ちですよ.」
「うん,ありがとう.」
彼の友好的な態度に,みゆは驚いた.
ほかの兵士たちも,にこにこしている.
みゆが城に滞在していたときは,誰もウィルと目を合わせなかった.
露骨におびえる者も少なくなかった.
ウィルの立場は,みゆのいない間にずいぶんと変化したらしい.
ウィルは軽くノックをしてから,会議室の扉を開いた.
「陛下,ミユちゃんを連れてきたよ.」
窓のそばで外の景色を見ていた,やせた中年の男が振り返る.
「ウィル,おかえり.会議中で,すまなかった.」
国王は,かすかにほほ笑んだ.
会議が終わった後だからか,疲れた風だった.
しかし感慨深げに,ウィルとみゆを眺める.
さきほどのエーヌと同じ表情だった.
ただ何も,口には出さない.
隣には,太いまゆ毛をした壮年の男が立っている.
「私は退出します.」
彼はドナートに一礼をして,去っていく.
長テーブルの近くでは,メイドたちがカップや皿などを片付けていた.
どうやら,食事をしながらの会議だったようだ.
ひとりのメイドが,みゆを凝視している.
長い亜麻色の髪の,美しい娘だ.
みゆは彼女の名前や,どのように笑うのかを知っている.
「ツィム.」
呼びかけると,ツィムは震え,涙を流した.
「必ず会えると信じていました.」
彼女は走り寄ろうとして,はっとして足を止める.
「申し訳ございません!」
ドナートに向かって,頭を下げた.
「この場は君に譲ろう.――ウィル,私たちは出よう.」
「うん.」
ドナートは部屋から出て行く.
ウィルとほかのメイドたちも,ついていった.
国王は優しい人らしい.
人の話を聞かない威圧的な人物,という印象だったが.
ツィムはハンカチで涙をふいて,
「ミユ様,」
遠慮がちに声をかけてきた.
「私のことを覚えてくださって,ありがとうございます.」
ふかぶかとおじぎをする.
「忘れるわけがないでしょう?」
みゆは彼女の手を取って,ほほ笑んだ.
「また会えてうれしい.」
「私もです.」
ツィムは,ほおを緩める.
「あなたが異世界へ帰されても,ウィル様が連れ戻してくださると思っておりました.」
この場所で,二年間も待っていてくれたのだ.
かわいくて健気で,妹みたいに感じていた.
けれど今は,みゆが時間を飛んだために,同じ年ごろである.
「きれいになったね,ツィム.」
すっかりと大人びて,背も伸びた.
「私には,もったいない言葉です.今のミユ様は,」
まっすぐに見つめて,目を細める.
「日の光に花開くような女性です.」
「ほめすぎよ.」
みゆは苦笑した.
ツィムは,晴れ晴れとほほ笑む.
「私は信じることができます,王国は必ず救われると.」
みゆは,どきりとする.
ウィルが言ったように,今,城にいるのは,ある程度事情を知っている人だけなのだ.
「私は,くわしいことは存じません.でも,大丈夫だと,未来をあきらめる必要はないと,誰よりも強く確信できます.」
希望に満ちたツィムの顔は,みゆを勇気づけた.
「ありがとう.一緒にがんばろう.」
国王がどんな話をするのか,検討もつかないが.
「はい!」
彼女は元気よく返事した.

ツィムとともに部屋を出れば,ウィルとドナートが廊下で立ち話をしていた.
みゆに向かって,ウィルが笑みを投げかける.
みゆは,まじまじとウィルとドナートを観察した.
二人はさっきまで,親しげに笑いあっていた.
「私の部屋で話そう.」
ドナートが提案して,歩き出す.
「行こう.」
ウィルに手を取られて,みゆは後に続いた.
「仲がいいの?」
「誰と誰が?」
恋人は,きょとんと首をかしげる.
みゆは,自分の後ろを歩くツィムに視線で問いかけた.
「陛下は大変,ウィル様を頼りにされています.」
「そうなんだ.」
ウィルは国王になるとうわさが立つのは,当然かもしれない.
そう言えば彼は,ドナートに敬語を使っていなかった.
なので余計に,親密に見える.
心がもやもやとする.
ウィルもドナートも理解できない.
二人はどんな関係なのだ?
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