水底呼声 -suitei kosei-

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  11−8  

翌朝,みゆはウィルとともにカーツ村を旅立った.
見送るユーナが,みゆに向かって,
「くもっていた顔がやっと晴れたわね.」
両目を細めて言う.
みゆは首をかしげた.
「そんな暗い表情をしていましたか?」
村長の家で安楽に過ごしていたのだが.
「寂しいと顔に描いてあったわ.」
ヘイテと村長が,楽しそうに笑い声をたてた.
自覚していた以上に,ウィルの不在に気持ちがふさいでいたらしい.
「もう大丈夫です.」
ウィルに肩を抱かれて,みゆは笑った.
「お世話になりました!」
手を振って,村長たちと別れた.
目指すは王都である.
今回の旅はウィルと二人きりだ.
馬に荷物を乗せて,手をつないで歩く.
この馬は,まったくみゆを乗せてくれなかった.
しかしウィルいわく,サウザーランドのように乗馬の下手な人でも喜んで乗せる馬はめずらしいらしい.
みゆは足を動かしながら,今まであったことを順を追って説明した.
ルアンのこともライクシードのことも,再会してからずっと伝えそこねている.
情けないことに,昨夜はほとんど話さずに,ひたすらべたべたしていた.
ところでみゆには,心配事が二つあった.
ひとつは百合のことだ.
カイルがなくなったのならば,彼女は日本へ帰るすべを失ったのではないか.
「お父さんが故郷へ送ってくれるよ.」
ウィルは簡単に答えた.
「でも,」
みゆは反論する.
ルアンは召喚術を知らないと言っていた.
だから,わざわざ百合を王都まで連れて行ったのだ.
「師匠の部屋を探したら,書きつけが出てきた.」
カイルのことを思い出しているのか,ウィルの顔に影が落ちる.
「僕には無理だったけれど,お父さんがそれらを読めば異世界へ通じる魔法を作れると思う.」
みゆは少しだけ驚いた.
ウィルの中で,ずいぶんと父親の評価が上がっている.
また二年前は,ルアンを頼ることを嫌がっていたのに.
恋人の横顔を,みゆは見上げた.
見かけだけではなく,中身も大人になったらしい.
次に暗号の本についてたずねると,
「城でドナート陛下に説明してもらうよ.」
「悪い内容だったの?」
彼は,はいともいいえとも返事をしない.
みゆの心は不安にざわめきたった.
「ウィル,……怖い.」
いったい何を,みゆたちはカリヴァニア王国に持ち帰ったのか.
すると,こめかみに優しいキスが降りてきた.
「君は僕が守る.」
確かにウィルは,必ず守ってくれる.
だがそれが,なぜか気にかかった.

道中で,ウィルはみゆがいなかった二年間のことをあまり教えなかった.
けれど友人は増えたようで,いろいろな村や町で声をかけられた.
「彼女が見つかったのですね.おめでとうございます.」
「この娘が,探していた恋人か.よりを戻せて,よかったな.」
「あなたは笑うことができたのね.別人かと思ったわ.」
宿屋に入ると,その主人が,
「部屋はひとつですね?」
と冷やかした.
対してウィルは,
「ベッドもひとつだよ.」
と切り返すから,みゆは恥ずかしくてたまらない.
部屋で二人きりになれば,離れていた時間を埋めるように求められた.
二年前は歯がゆくなるほど遠慮していたのに,今は強引で荒々しくさえある.
ウィルならば,多少乱暴に抱かれてもいいと思う自分は,相当に重症だ.
何も考えられないほどに愛されて,心が満たされてゆく.
なのに,胸の奥の不安が消えない.
彼のかたいほおに触れて,みゆは決意した.
「暗号の中身がどんなものでも,私は王国を救う.」
宣戦布告だ.
ちがう世界からやって来たみゆには,神をおそれる必要はない.
ウィルはみゆの手をとって,うやうやしく口づけた.
「君が望むのなら.」

みゆたちは十日以上の旅を終えて,王都にたどり着いた.
街外れにある馬屋で馬を預けてから,大通りに足を向ける.
王都は,二年前より活気がなくなっていた.
人通りは少なく,空き家らしい建物もいくつかあった.
今にも雨が降りそうな空模様なので,余計に陰うつだった.
みゆは目的地である王城を眺めていたが,ウィルはちがう方向へ進んでいく.
「どこへ行くの?」
国王と会うのではなかったのか.
「城に向かう前に,僕の家で休憩しよう.」
みゆは目をぱちくりさせた.
神聖公国の首都に隠れ住んでいたときと同じく,ウィルは中古の一軒家を買ったのだろうか.
しかし連れられた家は,予想外に大きかった.
二階建てであり,窓の数が多い.
玄関扉は両開きで,これまた大きい.
まるで旅館のようだ.
壁が,――色あせているが,派手な色合いだ.
「ひとり暮らしなの?」
「ちがうよ.」
ウィルはかぎを服から取り出して,かぎ穴を回す.
扉を開いて,
「ただいま!」
と,さけんだ.
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