水底呼声 -suitei kosei-

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  11−7の続き  

ぎゅっと抱きしめあいながら,みゆはおなかがすいていることを思い出した.
そう言えば,ウィルこそ空腹ではないのだろうか.
あまり食事を取らずに,カーツ村まで急いでやって来たのだから.
みゆはそっと,腕の中から抜け出した.
「食事をしようか?」
彼はにっこりと笑う.
みゆは,テーブルの方を向いて,根菜や山菜の酢漬けを口に入れた.
ぼりぼりとかんで,ウィルの方を見ると,彼は何も食べていなかった.
熱心にみゆを見つめている.
「食べないの?」
「後で食べるよ.今は君を見ている方が楽しい.」
甘く目を細めて,みゆを赤面させる.
「おなかがすいていないの?」
「減っているよ.でも君の方がおいしそう.」
ウィルは手を伸ばして,みゆのほおに触れる.
みゆは恥ずかしくなって,いすごと離れた.
再会してからずっと振り回されている.
みゆひとりがドキドキして,動揺して,周囲が見えなくなっている.
これはくやしい.
ウィルの余裕を崩したい.
彼が照れて,顔を赤くするのを見たい.
すると,すばらしいアイディアが浮かんだ.
彼を困らせて,なおかつ食事を取らせる方法が.
みゆは,ジャガイモのどろどろした濃厚なスープをスプーンに取って,
「はい,どうぞ.」
と,ウィルの口もとへ持っていった.
すると彼は驚いたらしく,目を少しだけ見開く.
そして,あっさりと食べた.
「もっとちょうだい.」
にこにこと笑う.
予想外の反応に,みゆは固まった.
どうしよう,現時点ですでにみゆの方が恥ずかしい.
しかし,ここで引くわけにはいかない.
みゆは,再びスプーンを持っていった.
ぱくっとウィルは食べる.
その動作は,妙にかわいい.
みゆは,せっせとスープを運んだ.
彼はもぐもぐと食べる.
何だか,楽しくなってきた.
ペットにエサをやるような感覚だ.
いや,ペットなんて考えているのを知ったら,さすがにウィルは怒るだろうが.
みゆは上機嫌で食事を与え続け,
「いい加減,二人きりの世界から出てきてほしいのだけど.」
居間に戻ってきた村長たちが苦笑するまで,それは続くのであった.
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