水底呼声 -suitei kosei-

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  11−3  

ルアンたちと別れて十日ほどたったある日,村に異変が起きた.
ユーナとともに村を散歩していたみゆは,突然村長に帰宅するように命じられたのだ.
「ヘイテにも,家から出るなと言ってくれ.」
彼の真剣な顔つきに,みゆは驚く.
「何があったのですか?」
「分からん.とにかく妻のそばにいるんだ.」
彼がこんな風に頭ごなしに命令するのは初めてだ.
緊急事態であることを察して,みゆは従った.
ユーナの手を引いて,できるだけ早く村の奥にある家を目指す.
玄関まで着くと,ユーナを中に押しこんでから,自分も入った.
扉を閉めるときに,村の様子を探る.
外にいるのは,若い男ばかりだ.
先ほどまでは子どもたちが遊び,家々の前では女性たちがたらいに水を張って洗濯していたのに.
静かになった村を,見知らぬ男たちがもの珍しそうに頭をめぐらせて歩いている.
一人は,裕福な身なりをした二十代の男だ.
くすんだ金髪をして,体はやせている.
何となく顔も細長い.
彼には見覚えがあった.
が,どこで会った誰なのか思い出せない.
そして彼は,十人ほどの騎士を連れていた.
彼らは腰に剣を下げて,皮のよろいを着ている.
武装した男たちに,村人たちが警戒している空気が伝わってくる.
みゆは玄関の扉を閉めると,――村の家々にはかぎはない,ヘイテをつかまえて事情を説明した.
彼女はまゆをひそめる.
「貴族の方? 王都から来られたのかしら?」
みゆを見る.
「あなたに用があるのかしら?」
しかし,なぜウィルが来ない.
三人で首をかしげていると,
「邪魔をする.」
扉が開く音とともに,聞きなれない声が耳を打った.
「待ってください!」
村長の体を押して,貴人の男と騎士たちが入ってくる.
みゆはユーナをかばって,前に立った.
無礼な客人たちに,敵意をこめた視線を送る.
「何のご用でしょうか?」
貴人の男は,みゆをじろじろと眺める.
「君がコトー・ミユか.」
「はい.」
意外に普通だな,と彼はつぶやいた.
「私はシャーリーだ,現国王のおいにあたる王位継承者だ.」
いばって,胸を反らす.
「私とともに城へ来てもらいたい.君には重大な使命がある.」
「使命とは何ですか?」
騎士たちはずうずうしくも,家の奥まで入りこんできた.
村の男たちも追いかけてくる.
せまい家ではないが,さすがにきゅうくつだ.
「ここでは話せない.だが,心当たりがあるはずだ.」
「ウィルですか?」
まっさきに浮かんだのは恋人のこと.
シャーリーは目をみはってから,嫌そうに顔をしかめる.
「なぜ黒猫が出てくる? 王国すべての民に関わることだ.」
みゆはやっと,王国の滅亡や神の呪いのことを思い出した.
暗号本は国王のもとへ届いたのか.
届いたに決まっている.
だから国王はそのお礼として,みゆを探すウィルに協力しているのだろう.
ところで,暗号は解読できたのか.
解読できたならば,どんな内容だったのか.
疑問はとめどなく,あふれてきた.
情けないことにみゆはウィルのことばかり考えていて,すっかり忘れていた.
「承知しました,城へ向かいます.」
みゆのいなかった二年間で,王国の状況はどのように変わったのか.
「けれど,ウィルはどこにいるのですか? 私はここで待つつもりだったのですが.」
「やつがどこをほっつき歩いているか,私は知らない.」
シャーリーの言葉には,はっきりと不快感が現れていた.
「城で会えるだろう.月に一度は顔を出す.」
確かに,城かこの村で待てばいいだけだ.
しかし今みゆが移動すれば,すれちがわないか?
村で待っている方が無難なのでは.
みゆは意見を求めようと,村長を見た.
そして,ぎくっとする.
彼は怒りと恐怖のために,体を小刻みに震わせている.
みゆが振り返ると,ヘイテとユーナのそばに騎士が二人ずつ立っている.
村の男たちもそばにいるが,武器など持っておらず,ただ青い顔をしていた.
「君のわがままを聞ける状況ではないのだよ.」
シャーリーは鼻で笑った.
みゆは彼をにらみつける.
「ひきょう者!」
「私は王国のためにやっている.」
選択肢はひとつしかない.
みゆは怒気を収めて,息を吐いた.
「あなたとともに城へ行きます.」
「よろしい.」
満足げにシャーリーはうなずく.
「ミユ,」
村長が苦しげに声をかけた.
「行かなくていい.」
みゆは黙って首を振る.
ヘイテたちを人質に取られている以上,こうするしかない.
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