水底呼声 -suitei kosei-

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  11−2  

村長の家で,みゆたちは夕食をごちそうになった.
食事の席で彼が,ウィルのことをくわしく話してくれる.
ウィルはみゆを探すために,国中を旅しているらしい.
一か月前にカーツ村に訪れたときには,次は東部へ行くと口にした.
腕のいい船乗りが多い東部から海へ出て,世界の果てを目指すという.
けれど今ごろはまた移動し,別の地域にいるだろう.
さらにウィルは,捜索には国王が協力していると教えた.
少年の話には国王が多く登場し,親しい間柄であることがうかがい知れた.
しかも,みゆを見つけたら手紙を城へ送ってくれと頼む.
まるで,自分がそこに住んでいるかのように.
そのため,村長たちはウィルが王子ではないかと疑ったのだ.
身分ちがいの恋に遠慮して逃げるみゆを,ウィルが情熱的に追いかけていると推察したらしい.
彼らの勘違いにみゆは赤面するばかりだが,ルアンは楽しそうに笑っていた.
そしてもしもウィルが手紙を受け取らなくても,少年はある程度,定期的に村までやってくる.
スミにウィルはみゆを探していると言われたが,こんなにも本格的とは思わなかった.
「すぐにウィルは村へ来るだろう.」
だからそれまで,この家に滞在すればいいと村長は勧めた.
「申し出はありがたいですが,そこまで世話になるわけにはまいりません.」
ルアンは食事の手を止めて断る.
「遠慮は無用ですよ.村に宿屋はありません.それにわが家なら部屋が余っています.」
村長の善意に,ルアンは考え直した.
「ならば,宿代を払います.」
「いいえ,金は必要ありません.」
たがいに遠慮をしあって,不毛な攻防を繰り広げる.
過去にウィルとみゆは特に遠慮しなかったが,大人になるとそうはいかないようだ.
結局,家事や雑務を手伝うことを条件に,無料で宿泊させてもらうことになった.
再び村長の家で暮らすことが決まり,みゆは純粋に喜ぶ.
夕食後は,以前泊まったときと同じ客室を用意してもらい,疲れた体をベッドに投げ出した.
二年のときを越えたと分かったときは,目の前が真っ暗になった.
が,今では大したことはないと感じられる.
のんびりと待っていれば,みゆだけの王子様はやってくる.
かっこよくなっているというヘイテの言葉を思い出して,みゆはころんと寝返りをうった.
はやく会いたい.
顔が見たい,声が聞きたい,ぎゅっと抱きしめてほしい.
成長した恋人を想像して,幸せな眠りにつく.
そして翌朝,百合の姿が消えていた.
「白井さーん!」
もやの立つ村の中を,みゆたちは探し回った.
「村から出たのかな?」
村長は視線を巡らせる.
しかし視界は悪く,遠くを見通すことはできない.
「一人で先に王都へ向かったのかもしれません.」
ルアンが話した.
彼の横顔は,百合を案じている.
「もしくは,しん,……世界の果てへ戻った可能性も.」
神聖公国と言いかけて,世界の果てと訂正した.
「村の外も探しましょう.村の若い男たちにも手伝ってもらいます.」
うつむくルアンを,村長が励ます.
みゆは寒さに震えて,くしゃみをした.
「君は家へ戻りなさい.」
村長が背中を押す.
「ここは私たちに任せて.」
「はい.」
後ろ髪を引かれながら,みゆは家へ帰った.
百合はどこへ行ったのか.
ウィルの消息がつかめたみゆは浮かれて,昨夜,彼女がどんな風だったか見ていない.
今,どんな気持ちでいるのか.
玄関の扉に手をかけて,振り返る.
村はもやに包まれて,建物の影だけが映った.

日が落ちてから,村長たちは帰ってきた.
百合はいない.
みゆは彼女を発見できなかったと思ったが,
「家の外にいるよ.」
と,ルアンが教えた.
「なんで家に入らないのですか?」
「ミユちゃん,僕は今からユリを連れて王都へ行く.」
「え?」
みゆは驚いた.
そんなことをしたら,ルアンはウィルとすれちがう.
「ウィルと再会したら,二人で僕を追いかけてほしい.」
みゆは不服を述べようとしたが,のみこんだ.
当初の予定では,まっすぐに王都へ向かうつもりだった.
予想外にウィルの行方が知れたために,村に留まることになったのだ.
百合にとっては,とんでもない足止めだったのだろう.
そして彼女に,ひとりで王都まで行けと言うのも無理なことだ.
「分かりました.」
みゆは答える.
そして,たずねた.
「今から出るのですか?」
すでに外は暗い.
加えてルアンは,百合の捜索で疲れている.
今夜一晩を村長の家で休んでから,出発した方がいいのではないだろうか.
「ユリはチキュウへすぐに帰りたいそうだから.」
彼は苦笑した.
「でも,明日の朝まで待った方がよくないですか?」
ルアンは悲しげに,黒の瞳を伏せる.
そしてゆっくりと,口を開いた.
「彼女は君の顔を見たくないと言っている.」
どしりと,重いものがみゆの胸に落ちる.
「僕も,君たちは一緒にいない方がいいと思う.」
みゆさえいなければ,百合は召喚されなかった.
日本で普通の生活を送れたはずだった.
みゆを恨んでいるだろう.
「ごめんなさい,ルアンさん.」
百合が村長の家にいたくないのも,やみ夜に旅立つのも,みゆのせい.
そのしりぬぐいを,彼はするのだ.
「いいのだよ.――村長殿,ミユちゃんのことをよろしくお願いします.」
ルアンは,村長に向き直る.
「この子は僕にとって,娘のような存在ですから.」
「私たちにとっても,そうですよ.」
村長はほほ笑んで,みゆの身柄を引き受けた.
ルアンは家から出て行く.
百合は最後まで姿を見せなかった.
ごめんなさいと謝ることもできない.
彼女は日本へ帰り,二度と会わない.
心の中だけで,元クラスメイトに別れを告げた.
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