水底呼声 -suitei kosei-

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  11−4  

村の外に,馬車が一台とめられていた.
村長たちの心配そうな目に見守られて,みゆはシャーリーとともに乗りこむ.
固い座席に腰かけると,馬車は逃げるように発進した.
窓から確認すると,騎士たちは馬に乗り並走している.
「暗号は解けたのですか?」
みゆは,向かいに座るシャーリーに聞いた.
「私が中心となって,一か月以上かけて解読した.」
彼はえらぶってしゃべる.
「どのような内容だったのですか?」
「私がいなければ,本があっても無意味だった.」
みゆは,はぁと相づちを打った.
「君も黒猫も,暗号は理解できなかったのだろう?」
「はい.どのような内容だったのですか?」
彼は口をつぐんだ.
ちょっとずつ肩が下がって,高圧的な仮面がはがれていく.
どちらかと言えば,気弱な素顔が現れた.
「君は,無理やり連れ出した私を責めないのだな.」
責めた方がいいのかと,みゆは思わず悩んだ.
「私が強引にことを進めたのは,君を黒猫から守るためだよ.」
彼は善意で言っている風に見えた.
「もちろん,すぐに城に来てほしい事情もあるが,――君は,ライクシードが君を愛していることを知っているか?」
予期せぬところへ話が飛ぶ.
「何の話ですか?」
いったい何をどこまで知っている?
彼はライクシードと親しいのか.
「君はだまされているのだよ.」
シャーリーのまなざしは,みゆを哀れんでいた.
「ウィルは人殺しだ.私が把握しているだけで十人以上,」
「知っています.」
強い調子で言い返すと,彼は目を丸くした.
「けれどこれは知らないだろう.あいつは君を裏切っている.娼婦とともに暮らしているんだ.」
「はぁ?」
「信じられない話だが,娼館を丸ごと買ったんだ.」
城でも街でもうわさになった,と熱弁をふるう.
が,みゆには何が何やらさっぱりだ.
「だから黒猫に会っては駄目だ,君はライクシードと会うべきだよ.」
「余計なお世話です!」
シャーリーこそ,だまされていないか.
ライクシードはけっして紳士ではないのに.
「彼は誠実な男だ.君を大切にしてくれるよ.」
「暗号の中身を教えてください.」
「それは,」
彼は気まずそうに,目をそむけた.
「軽々しく口に出せるものではない.人払いをしてからでないと話せない.」
「今,二人きりですよね.」
シャーリーはうっと言葉に詰まる.
「城に着いたら教えよう.とにかく私たちは,君をずっと探していた.」
みゆは首をかしげた.
「神聖公国へ行けるのは,君だけだからな.」
ということは,みゆ自身ではなく,洞くつをくぐることができる地球の人間が必要なのだろう.
つまり,ウィルがみゆを探すのに国王が協力しているのではなく,国王も探していたらしい.
だが,ひとつ疑問がある.
「なぜ新しい人を召喚しなかったのですか?」
巻きこまれる人には,たまったものではないが.
前回は翔と百合を呼び寄せたのに,なぜ今回はみゆを待ったのか.
シャーリーは再度,答えるのをちゅうちょした.
「召喚魔法の使えるカイルが死んだからだ.」
「え?」
予想外の事実に,みゆはとまどう.
「どうしてですか?」
彼は自然死するほど老いているようにも,重い病気にかかっているようにも見えなかった.
「自殺したのだよ.ウィルの目の前で,首を切ったらしい.」
「なんてこと…….」
世界を越えるときに会った,血まみれのウィルと誰かの死体.
恐ろしくてしっかりと見なかったが,あのなきがらは成人男性のものだった.
すなわち,カイルだったのだ.
そしてウィルは,全身に血を浴びていた.
文字どおり目の前で,カイルは首を切ったらしい.
想像するだけで,ぞっとする.
しかし少年が,みゆに気づかないほど悲しんでいた理由が分かった.
育ての親にそんなことをされて,正気でいられるわけがない.
はやく,はやく会いたい.
体を抱きしめて,なぐさめたいのに.
なぜこんな馬車に乗っているのか.
みゆはぎゅっと,両手で両ひざをつかんだ.
「なぜ自殺したのですか?」
「分からない.」
シャーリーは視線を落とす.
「でも私は,王国を救う手立てをなくすために,命をたったと考えている.」
みゆはいぶかしんだ.
彼は王国を救うために,いけにえをささげていたのではないのか.
「実際に彼がいなくなったために,私たちは神聖公国へ使者を送れず,一度中断したいけにえの儀式を再開することもできず,手詰まりになった.」
それとも,王国を救うことは彼の本意ではなかったのか.
もしくは気が変わったのか,状況が変わったのか.
「ただ,本当に自殺だったのか.ウィルが証言しているだけだから.」
彼はみゆを,ちらっと目でうかがった.
「私は,ウィルが殺したのではないかと,」
「失礼なことを言わないでください!」
みゆの頭に,かっと血がのぼる.
「ウィルがどれだけ悲しんでいたか,知らないのですか?」
心配だった.
こんなときに,ひとりにしたなんて.
「たったひとりで! スミ君もルアンさんもいないのに.」
二年は長すぎる.
カイルが死んだときにこそ,そばにいたかったのに.
「すまない.」
シャーリーはみゆの剣幕に押され,謝った.
すると馬のいななき声が響き,馬車が急停止する.
「何だ!? 黒猫か?」
シャーリーが座席から立ち上がった.
「え?」
そうは思えないが.
「シャーリー! 私だ,ライクシードだ!」
外からの声に,みゆは驚いた.
シャーリーも意外な顔をする.
彼は迷ってから,馬車の扉を開いた.
みゆは,彼の後ろからのぞく.
ライクシードは騎乗したままで,こちらを見た.
銀の髪が短くなっている.
そのせいか,バウスに似た.
いや,髪型よりも雰囲気のせいだ.
優しい面持ちは変わらないが,他者からあなどられるような甘さが消えた.
冷たさはないが,鋭くひきしまっている.
二年前は,まったく対照的な兄弟だったのに.
おもしろいことに彼らは,離れることによって身にまとう気配を近くした.
ライクシードはシャーリーに向かって,
「悪い予想が当たったな.君がこんなことをするとは思わなかった.」
厳しい口調で言った.
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