水底呼声 -suitei kosei-

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  10−6  

ソファーで眠っていたところを,ルアンに起こされた.
「夕食だよ.」
目を細め,優しくほほ笑んでいる.
みゆを起こすときの表情が,ウィルと似ていた.
「時間の感覚がないかもしれないけれど,今は夕方だよ.」
「夕方ですか?」
ルアンの部屋は地下にあり,窓がない.
夕方と言われても,実感がわかなかった.
加えて,タイムトリップをした後なのだ.
時差ぼけしているように,体が重い.
しかし腹が元気よく,ぐぅと鳴る.
「体内時計は狂っていないみたいです.」
照れ隠しに,みゆは笑った.
テーブルの上には,夕食が用意されている.
パン,チーズ,ふかしたポテトに岩塩,そしていかにも甘そうな煮詰められたリンゴ.
さらに,すでに冷めたシチューに,白いご飯に見えるものがあった.
食べてみると,多少ぱさぱさしているが確かに米だ.
ルアンにたずねると,百合が育児に熱心だったころに作ったものらしい.
わが子に故郷のものを食べさせたいと,国中から似た食材を取り寄せて,なべで炊いたという.
百合は子どもを抱いたままで調理場に居座るわ,ぼや騒ぎになるわ,サイザーまで出しゃばるわ,大変だったとルアンは語る.
けれど黒の瞳は,懐かしげだった.
食事を続けていると,扉からあわただしいノックの音が響く.
返事を待たずに,扉が大きく開いた.
「失礼します.ミユさんがいるとうかがったのですが.」
飛びこんできたのは,若草色の髪の少年.
白地に銀のししゅうの入った制服を着て,腰に細長い剣を下げている.
みゆを見つけると,口もとをほころばせた.
「おひさしぶりです.」
変わっていない,陽だまりのような笑顔.
「スミ君!」
みゆは駆け寄って,ずいぶんと少年の背が伸びたことに気づいた.
「背が高くなったね.」
顔を見上げる.
以前は,みゆよりも低かったのに.
「ミユさんは,こんなにも小さかったのですね.」
スミは壊れもののように,そっと抱きしめた.
「バウス殿下から聞きました,二年前のミユさんなのですね?」
「うん,スミ君は二年後のスミ君なんだね.」
少年はみゆを離すと,ルアンに対してかしこまった.
「お食事中に申し訳ございません.」
ぶかぶかだった服が,ぴったりになっている.
「明日の午前中に,バウス王子が大神殿へうかがいます.」
いすに腰かけたままで,ルアンは微笑した.
「彼はいそがしいだろう? 僕が城へ行くよ.」
「いいえ.ラート・サクラにも会って,新しい服やおもちゃを渡したいそうですから.」
大人びた口をきく.
「誰にも知られないように,殿下に会いに行くよ.」
ルアンには,たやすいことなのだろう.
相変わらず,さらりと話す.
「警備の者が自信をなくすのでやめてください,とわが主からの伝言です.」
すました調子でしゃべるスミに,みゆはふふふと笑う.
「スミ君,大人みたい.」
少年は驚いたように目を見張って,笑みをこぼした.
「城勤めに慣れただけですよ.」
少年の成長は,二年という時間を感じさせた.
――ウィルも背が伸びているかな?
心に浮かんだ言葉を,みゆはのみこむ.
代わりに,別のことをたずねた.
「セシリアは元気?」
「おてんばで,手を焼いています.」
肩をすくめて文句を言うわりには,声がうれしそうだった.
みゆは笑う.
どうやらスミは,セシリアと仲よくやっているらしい.
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