水底呼声 -suitei kosei-

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  8−8  

バウスたちがいなくなり,みゆとウィルはのんびりと,馬車のそばで彼らの帰りを待った.
王子の護衛の騎士たちや馬車の御者たちと雑談したり,近くにある林の中に入ってみたり.
しかし絶え間なく,ぶしつけな視線を感じる.
大神殿の門を守る四人の兵士たちが,みゆたちを監視しているのだ.
特に一番若い兵士が大きな目をして,興味しんしんに見つめてくる.
みゆは無視できなくなった.
「あの,」
「なぁなぁ,君さぁ,」
話しかけた瞬間,その彼と声がかぶる.
「俺のことを覚えている?」
わくわくした様子で聞いてくる.
「すみません,覚えていないです.」
みゆは素直に答えた.
彼は中肉中背で,どこといった特徴のない顔をしている.
年は二十代前半だろう,バウスよりは若い気がした.
「俺さぁ,恋人ができたんだ.」
「は?」
ほおを染めて,彼はのろけだす.
「彼女,すごい美人で性格もいいんだ.意外にそそっかしいところもあって,かわいいし.」
でれでれと表情を崩すのだが,みゆは返答に困った.
いったい何の話をしているのだ.
「あの日君が大神殿にやって来て,火事まで起こしたおかげさ!」
彼は両手を広げて,喜ぶ.
「彼女と話すきっかけを作ってくれてありがとう.本当に感謝しているよ!」
あっけに取られるみゆに対して,彼は大はしゃぎだ.
すると,
「キース,いい加減にしろ.」
門前に立つ別の兵士,――でっぷりと太った男が,彼の肩をつかんで止める.
「長話をするな.デュークみたいに地方に飛ばされても知らんぞ.」
デュークは,ルアンの見張りをしていた兵士だ.
その前は,首都神殿で警備隊長を務めていた.
首都神殿から大神殿へ,大神殿から地方の神殿へと左遷されていった,ある意味不幸な男性である.
「それは困ります.」
キースは情けない目をして,ぐっと口をつぐむ.
だが,彼の沈黙は続かなかった.
五分もたたないうちに,みゆに話しかけてくる.
「君さぁ,君さぁ,」
相当におしゃべりな男のようだ.
「図書室から本をごっそり盗んだだろ? あんなものを手に入れてどうするんだ?」
みゆはぎくっとする.
「神官たちがびっくりしていたよ,いつの間にって.」
しかし彼は,盗みを非難するつもりはないらしい.
「すごいね,大変じゃなかった? 君一人でやったの? 重かっただろ?」
むしろ感心している.
「キース!」
再び別の兵士,――はげ上がった頭の男がどなりつけた.
「すみません.」
キースは黙る.
けれど,しばらくするとやっぱり声をかけてきた.
「なぁなぁ,君さぁ,」
しかられても,こりない男らしい.
「その子は君の弟? 全然しゃべらないし,おとなしい子なんだね.」
会話には加わらないウィルを,話題に引っぱってくる.
「キース,上に報告するぞ! まじめに仕事ができないのか!?」
四人のうちで一番年長であり,この場のリーダーっぽい男性が,顔を真っ赤にして怒った.
キースはしゅんとして,押し黙る.
みゆはやっと,彼と最初に会ったときのことを思い出した.
「私がウィルを探しに大神殿に来たときも,ここで門番をしていましたよね?」
あのとき彼はみゆを捕まえて,祭のみこしのように担ぎ上げたのだ.
金貨数百枚は俺のものだ! と大喜びしていた.
「そうそう!」
キースの顔がぱっと輝く.
「あのときは暴れて,すみませんでした.」
「いいよ,いいよ.」
彼は笑ったが,彼の背後の三人の兵士たちは,無言でにらみつける.
キースは危機を察したのか,振り返り,ひぃとおびえた.
さすがに口を開かなくなる.
ある程度の間,静かな状態が続いた.
だが今度は,首都リナーゼへ通じる道から二人の男たちが現れる.
二人とも荷物をのせたロバを引いて,あわてた風で小走りに,こちらを目指してやってくる.
服装から考えるに,兵士でも神官でもなく下働きの者たちだろう.
ウィルがさりげなく,みゆの前に立った.
彼らはウィルの前まで突進して,いきなりひざをつく.
「命を救っていただき,ありがとうございました.」
深々と頭を下げて,礼を述べた.
あまりにも予想外な行動に,みゆはぽかんとする.
ウィルの背中も驚いていた.
「おじさんたち,誰?」
「大神殿が火事になったときに,あなた様に助けていただいた者です.」
声が,かすかに震えている.
「聖女様,まことにありがとうございました.」
ウィルは彼らを思い出せないようだ.
どう対応していいのか分からずに,みゆの方を振り返り,ひたすら困っている.
みゆも,何を答えればいいのか分からない.
そのとき門の内側から,バウスと翔が帰ってきた.
バウスは土下座している男たちに気づき,いぶかしげにまゆをひそめる.
「何ごとだ?」
みゆにたずねた.
男たちは,王子の登場にびくりと震える.
「失礼いたしました.」
「お目汚しを申し訳ございません.」
もごもごとしゃべって,そそくさとロバを引いて門の中へ逃げた.
「くわしいことは分からないのですが,とりあえず内緒にしてください.」
みゆはバウスに頼む.
何もないとは思うが,ウィルに感謝したことで,彼らが神官長から罰せられたら大変だ.
すると,事態を静観していた門番たちの口から,
「もちろん.」
「了解です.」
「仕方ないですね.」
「わざわざ知らせるまでのことじゃないし.」
と,答が返ってきた.
王子は彼らの顔を見て,さらに馬車のそばにいる騎士や御者たちの顔を見てから,肩をすくめる.
「これでは俺も,承知したと言わざるを得ないな.」
君には味方が多い,と苦笑した.
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