水底呼声 -suitei kosei-

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  7−10  

後ろめたいのか,スミの説明は回りくどく,言い訳がましかった.
対してセシリアの説明は明快であり,うまく少年の話を補足していた.
だが少女が口を開くたびに,スミは余計なことを言うなとにらみつける.
ウィルは最初こそ厳しい顔をしていたが,だんだんと聞き流すようになった.
みゆは会話の邪魔にならない程度に,食事を再開させる.
二人の話は要約すれば,街で偶然会って仲よくなったというだけのものだった.
黒猫とみゆの興味がうせたことに気づくと,スミは,
「なんで,この部屋に来たんだよ.」
と,セシリアを問いただした.
「あなたのことを心配したのよ.」
少年のむっとした顔を受けて,少女も同じ表情になる.
「バウス兄さまがなかなか帰ってこないから,地下へ降りてみれば,兄さまもスミもいないし.」
親衛隊の騎士たちにたずねると,王子はあわててどこかへ出かけたと言う.
しばらく城で待っていると,バウスは帰ってきたが,常にばたばたと動き回って声をかけられない.
「メイドたちからスミが城で食事をしていると聞いて,びっくりしたのよ.」
それで,部屋に来たらしい.
「そうだ.私,聞きたいことがあったんだ.」
少女は,両手をぽんと合わせた.
「昨夜はなぜ私の部屋にいたの? 何か用事があったのでしょう?」
スミは,うっと言葉に詰まる.
「たまたま,通りかかったんだ.」
みゆは飲んでいた水をむせそうになった.
どうすれば,城の中にあるセシリアの部屋に通りかかることができるのか.
しかし少女は素直に信じて,納得した.
そして,みゆに向かって話しかける.
「ミユ,今までごめんなさい.」
「え?」
何のことか分からず,みゆはとまどった.
「私はあなたの話を聞かなかった.あなたの気持ちを考えずに,聖女にしようとした.」
おとなびた表情をする少女に,少しだけ驚く.
「私こそ謝らないといけないわ,ラート,」
言葉途中に,少女は首を振る.
「セシリアと呼んでちょうだい.」
もうこの少女は,聖女ではないのだ.
みゆはスミから,セシリアが城で暮らしていると聞いたことを思い出した.
「セシリア,」
改めて,名前を呼ぶ.
「私こそ謝らないといけない.ずっと隠しごとをしていたから.」
少女は再び,ゆるゆると首を振った.
「ミユが隠しごとをしなくても,私は自分の都合を押しつけた.」
みゆは意識して,優しくほほ笑む.
「ならば,おたがい様だから.私はセシリアがたずねたとしても,教えなかった.」
少女も,やんわりとほほ笑んだ.
「ありがとう.」
「こちらこそ,ありがとう.」
二人の間に,暖かいものが流れた.
今のセシリアは,つき物が落ちたかのように,ゆったりしている.
これが,少女本来の姿なのだろう.
聖女であることがどれほどの負担を与えていたのか,よく分かった.
そしてスミも.
敬語で話さない少年を,みゆは初めて見たのかもしれない.
ぶっきらぼうで,意外に乱暴な口をきく.
これが,スミ等身大の姿なのかもしれなかった.
うれしい気持ちになって二人の少年少女を眺めていると,いきなりウィルがいすから立ち上がる.
「ミユちゃん,食べ終わったでしょう? なら,ベッドへ行こう.」
「は?」
大まじめに,とんでもないことを提案した.
「ショウが来て,セシリアが来て,このままこの部屋にいれば,どんどん人がやってくる.」
君は僕だけのものなのに,と本気で怒っている.
「ほかの人じゃなくて,僕を見てよ.」
にっこりと笑んで,みゆをひょいと抱き上げた.
肩に担いで,隣室を目指す.
みゆは,抵抗するべきか迷った.
ウィルの主張は,ただのわがままに思える.
ふと,テーブルのセシリアと目が合った.
少女は青の瞳を丸くして,ぽかんとしている.
「ち,ちがうの.」
みゆは恥ずかしくなった.
「私たち,いつもこんな風にいちゃいちゃしているわけじゃ,」
弁解を済ませる前に,隣室に連れこまれた.
あきれた顔のスミとセシリアを残して.
みゆはベッドに降ろされてから,恋人をしかった.
「ウィル!」
ところが少年は,うれしそうな笑みを浮かべる.
「僕と二人だけで,おしゃべりしよ.」
ほおに,ちゅっとキスを落とした.

あっという間に寝室へさらわれたみゆを,スミはセシリアとともに見送った.
彼女はちゃんと,理解しているのだろうか.
ウィルの独占欲を.
みゆがバウスを頼って城へ行くと決めたときから,黒猫の機嫌は悪かった.
そしてずっと二人きりになる機会をうかがっていた.
なのに翔が来て,セシリアも来て,我慢が限界に達したにちがいない.
「ミユとウィルは,仲がいいのね.」
セシリアが,悲しそうにつぶやいた.
少女は,みゆにはライクシードと恋人になってほしかったのかもしれない.
けれど,
「ミユさんは,ウィル先輩だけを見ているんだ.」
なんだかんだ言って,彼女はウィルに甘い.
誰も,二人の間に入ることはできない.
「俺は,セシリアを見ているから.」
もはや遠慮することはない.
昼食を用意されたときから,スミたちは城のおたずね者ではないのだ.
できるだけ真剣な目をして,少女を見つめる.
緊張で,胸がどきどきした.
少女は不思議そうに首をかしげて,
「私も今,あなたの顔を見ているわ.」
にこっと笑顔になった.
スミは,ずっこけそうになる.
「いや,そういう意味じゃなくて.」
一世一代の告白だったのに,通じていなかったとは情けない.
ぼやかして言いすぎたのか.
ウィルを見習って,ベッドへ行きましょうぐらい言うべきなのか.
「俺は,」
さまざまな言葉が浮かんでは,――いや,そんな恥ずかしいせりふは言えないと,消えていく.
「その,何というか,」
あと一歩,勇気を出してがんばれば,ウィルと同じ幸せな時間を過ごせるのだ.
一緒に笑いあって,触れあって,抱きしめあって.
それから,……どうすればいいのだろう.
スミは,ひゅっとおじけづいた.
いや,黒猫のベッド発言で浮かれた心が,落ちついた.
カリヴァニア王国へ帰る現実が,重くのしかかる.
想いを告げて,どうするのだ.
すぐに,別れるのに.
いや,そもそも振られたら?
恋を拒絶されたら,今このときから,少女のそばにいられなくなる.
あのライクシードのように.
「どうしたの?」
少女は心配そうに,顔を近づけた.
が,少年は離れる.
最初から,手に入るわけがないのだ.
「なんでもない.」
ごまかすために,乾いた笑い声を上げる.
黙っていればいい.
短い間でも,そばにいられるだけでいい.
それだけで,少年は満足なのだ.
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