水底呼声 -suitei kosei-

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  7−2  

少年たちの予想どおりに,次の日には貧民街から兵士たちの姿は消えうせた.
ただ,ライクシードと翔だけは捜索を続けている.
だが,たった二人では,街全体を見渡すことはできない.
死角だらけだ.
なので,みゆたちは三人で,大神殿へ行くことに決めた.
聖女になった,百合に会うために.
彼女は明日,神の塔に入るという.
今日,大神殿へ行くことができてよかったと,みゆは安堵した.
スミだけは三日前に,ルアンの部屋で彼女と会っていた.
みゆが百合のことをたずねると,少年は首をすくめる.
「俺が何を説明しても,信じないのですよ.うっそーとか,ありえなーいとか言って.」
隠れ家を出る前に,みゆは念のため男装をした.
ウィルとスミに連れられて,少しだけ遠回りをして貧民街を抜ける.
王子たちの目をかいくぐることは,少年たちには簡単なことだった.
首都の雑踏にもまれ,門をくぐって街の外へ出る.
地下の秘密通路を利用して,大神殿のルアンの部屋を目指した.
たどり着くと,彼は大喜びでみゆたちを迎える.
しかし,彼の見張りについていたデュークの姿がなかった.
前回,この部屋を訪れたときには,扉のそばに立っていたのに.
「彼はね,地方の神殿に転勤になったんだ.」
ルアンは,表面だけは無邪気な子どもの顔で,にっこりとほほ笑んだ.
どうやらデュークはまた,左遷されたらしい.
そして彼の後続の,監視役は来なかった.
ルアンを見張っても,彼の行動を制限できないのだから,無意味なのだろう.
しばらく雑談してから,ルアンは部屋からいなくなり,戻ってきたときには一人ではなかった.
シンプルな白いワンピースを着た女性が,彼の背後から現れる.
明るい茶色の髪に,漆黒の瞳.
のっぺりとした,東洋人の顔つきをしている.
「白井さん!」
みゆは百合の方へ駆け寄った.
会っても,顔は分からないだろうと考えていた.
ところが,いざ再会すると,ちゃんと覚えていた.
今はすっぴんだが,百合はいつも化粧をしていた.
流行の服を着て,キラキラとデコレーションされた携帯電話を使っていた.
彼女は,予備校の教室内では,派手で目立つ女性だったのだ.
「誰!?」
みゆに対して,百合は警戒してあとずさる.
「私よ,古藤みゆ.同じクラスの.」
彼女の手を取って,みゆは再会を喜んだ.
会いたいと思っていたわけではなかったが,今,純粋にうれしかった.
遠く離れた異世界で,初めて故郷の人間に会えたのだ.
「うっそー!」
百合は,目を丸くする.
「本当に古藤さんなの!?」
みゆは,首を大きく縦に振った.
彼女に抱きつきたいほどに,気分は高揚している.
自分でも気づかずに,――いや,意識して感情にふたをしていたのかもしれない,みゆは故郷を懐かしんでいたのだ.
「古藤さんって,こんな顔だったっけ?」
しかし百合はいぶかしげに,まゆを寄せる.
「こんな人だった?」
みゆは,彼女が悩んでいる理由に思い至った.
「髪を切ったの.」
短くなった髪をつまんで,明るく話す.
「日本にいたときは,もっと長かったでしょう?」
だが百合は,まだ疑っている.
「髪ってゆうか,こんな顔だった?」
みゆは笑った.
「顔は変わってないわよ.」
百合はすっと,みゆの手を離す.
そしてみゆを,上から下までじろじろと観察した.
「太ったね.」
「へ?」
予期せぬことを言われて,みゆはとまどった.
確かに,異世界に来てから太ったのかもしれない.
みゆは今,朝昼晩の三食をきっちり食べて,間食までしている.
食べ盛りの少年二人と一緒に,がつがつと.
「それから,頭の悪そうな顔になったね.」
みゆは肯定も否定もできずに,はぁとだけ答えた.
百合は顔をゆがめて,悔しそうにうつむく.
「きれいになったね.」
声は小さく,聞き取れなかった.
百合はぱっと顔を上げて,初めて笑みを見せる.
「その子が,古藤さんの彼氏なのでしょう?」
視線を,ウィルへ向ける.
「そういう趣味だったんだね.」
彼女の表情から,はっきりとした侮蔑が感じ取れた.
みゆが返事できないでいると,
「ミユちゃん,ユリに話があるのだろう?」
ルアンが,するりと口をはさむ.
「はい.」
すっかり興奮の冷めたみゆは,彼の瞳を見てうなずいた.
ウィルもスミも心配そうに,こちらを眺めている.
みゆは百合に,神の塔でカリヴァニア王国の救済をお願いしてほしいと頼んだ.
彼女はあまり真剣に話を聞かなかったが,たやすく請け負った.
「いいよー,やってあげる.なんせ私は聖女だし.」
「ありがとう.」
みゆは固くほほ笑む.
スミから聞いたとおり,彼女は聖女になることに不満はないようだ.
「帰ろうか,ミユちゃん.」
もう用は済んだでしょ,とウィルが言う.
「うん.」
うなずいて,みゆは再び百合と向き合った.
けれど,何も言葉は出てこない.
もともと予備校でも,彼女と親しくしたことはなかった.
友人ではない,同じ教室にいただけのクラスメイト.
「今の古藤さんを見たら,翔もびっくりすると思うよ.」
彼女は,敵意むき出しの目をしている.
「さようなら,優等生だった古藤さん.」
「さようなら,白井さん.」
別れのあいさつを交わして,みゆは少年二人に促されるままに,ルアンの部屋から出て行った.
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