水底呼声 -suitei kosei-

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  6−13  

スミたちは広場を抜けて,路地裏にたどり着く.
人ごみから開放されて,セシリアはほぉと息を吐いた.
雑踏には不慣れなのだろう,少し疲れている様子だ.
どれだけの時間,あそこで待っていたのか.
結構な時間を待っていたのだろうと思うと,スミの胸はむずむずとする.
少女に対して,無性に優しくしたい気分になったが,
「セシリア,何の用なんだ?」
わざと冷たい声を出した.
自分と少女は友人同士ではないし,これ以上親しくしてはいけない.
少女は,まじめな顔になった.
「広場の紙を見た?」
「見たよ.」
セシリアに対して初めて,警戒心がわき起こった.
いったい何を言い出すつもりだ?
「あれは,ショウがミユを城に呼び出すために書いたの.そしてバウス兄さまの命令で,広場に展示されているの.」
少女は,何かを思い出しつつ話す.
「けどね,変なの.ショウと会話しているときの兄さまの顔が,――うそっぽいというか,たくらんでいるっぽい,」
「ちょっと待て!」
スミは両手を前に出して,少女を止めた.
「盗み聞きでもしたのか?」
「ちがうわよ.」
少女はむっとした.
「私が兄さまに,これからの城での生活のこととか相談しているときに,ショウが来たの.」
二人はセシリアから離れて会話したのだが,耳に届いてしまったと言う.
「だからミユに伝えてね.お城に行っては駄目よって.」
「いや,あの,」
スミはとまどった.
つまり,バウスがみゆに対して,わなを張ったということだろうか.
しかしセシリアが,ばらしてしまっている.
「お前,何を考えているの?」
「何って?」
今度は,少女がとまどった.
「スミが心配になったから,城を抜け,」
「そうじゃなくて.」
少女のせりふをさえぎる.
「俺が,カリヴァニア王国から来たと分かっているのか?」
「昨日,教えてくれたじゃない.ちゃんと信じているわ.」
ぞっとした.
この少女は,何も分かっていない.
そのくせ,間者のまね事をしているのだ.
「セシリアが今やっていることは,祖国に対する裏切り行為だけど,それは理解している?」
少女は,不思議な言葉を聞いたかのように,瞳をぱちくりさせる.
「情報を俺に流すことが,王子たちを不利にする行為だと,――俺が彼らと対立している人間だと分かっていないだろ.」
少年は,世間知らずな少女にいらっとした.
少女は今,とんでもなく危険なことをやっている.
「でも,」
少女は悩んでいる風だったが,きりっと顔を上げた.
「スミは悪い人じゃないわ.」
「そういう話じゃないし.」
スミたちは,城からのおたずね者だ.
「私は,あなたの助けになりたいの.」
セシリアは頑固に言い張る.
「だから俺の助けをするのが危険だと,さっきからそう言っているんだよ.」
聞きわけのない少女に,少年の声は高くなった.
「危険なら,スミの方が危険なことをやっているじゃない!」
つられるように,少女の声も大きくなる.
「俺はいいの,慣れているから!」
「私だって,慣れているもの!」
かちんときて,少年はどなった.
「慣れているわけないだろ,働いたことのないお嬢様のくせに!」
びくんと,少女が震える.
「ごめん,言いすぎ,」
ばっちんと,少女の手が少年のほおを打った.
「スミのばか!」
青い瞳から,ぽろりと涙が落ちる.
「余計なお世話のようだから,帰る!」
背中を向けて,ずんずんと歩き出す.
「おい,待てよ.」
少年はあわてて,追いかけた.
「城まで送るよ.一人じゃ危な,」
細い肩に手をかけようとした瞬間,真っ赤な泣き顔の少女が振り返る.
スミの腕を引っぱって,再びくるりと背中を向けて.
ぽん,と少年は投げ飛ばされた.
背中から地面に落とされて,ぼう然とする.
「簡単な護身術ぐらい心得ているわ! あなたこそ余計なお世話よ!」
セシリアは走って逃げ出した.
スミは,自分よりも体の小さい,しかも完全にあなどっていた相手に負けた衝撃から立ち直れない.
どうりで首都神殿からも城からも,たやすく脱走できるわけだ.
妙なところに感心してから,長いため息を吐いた.

古藤さんへ
単刀直入に言う,俺は日本へ帰りたい.
俺が召喚されたのは,君の顔見知りだからだ.
要は,君に巻きこまれただけだ.
だから,俺が故郷へ帰るのに協力してほしい.
俺に会いに,城へ来てくれ.
――柏原翔

スミから手渡された紙に書かれた文章を,みゆはじっくりと読んだ.
広場に掲示されていたものを,少年が書き写したものらしい.
ところどころ読みづらい文字があったが,特に支障はない.
――おもしろいことに,漢字よりも平仮名の方が崩れて読みづらかった.
「何が書かれているのですか?」
スミが緊張した面持ちで,問う.
みゆは文章を,そのまま朗読した.
そして,たずねる.
「柏原君と白井さんが呼ばれたのは,私のクラスメイトだったからなのね?」
少年二人は答えない.
みゆは,国王がわざわざみゆの知り合いを選んだ理由が分かった.
何を頼むにしても,翔たちがみゆの顔や人となりを知っている方が,話がはやい.
そもそも顔を知らなければ,出会ったとしても,日本人だと気づかずにすれちがってしまう.
日本人と異世界人で,外見に目立った差はないのだ.
みゆはこの世界で,東洋系の顔つきをしている人を見たことがあるし,黒髪も黒目も珍しくない.
「私が二人を巻きこんだ.」
予備校のクラスメイトが来たことは,ただの偶然だと思っていた.
「彼らを召喚したのはミユちゃんじゃない,カイル師匠だよ.」
黒の少年が,静かに言い添える.
「それに誰かのせいだと言うのならば,君ではなく僕のせいだ.」
「ウィル,地球へ帰る方法ってあるの?」
みゆは今まで,その方法に興味がなかった.
「僕は知らない.」
「ルアンさんなら,知っているかな?」
少年の知らない魔法を,たくさん知っている彼ならば.
「ミユちゃんが気にすることじゃないよ.」
先ほどよりも強い調子で,ウィルはしゃべった.
「でも,」
引き下がらないでいると,少年はするりと答を教える.
「カイル師匠が知っている.」
苦い顔をしている.
みゆの考えに賛同していないのだ.
「異世界の人間を呼び寄せる魔法を作った師匠ならば知っている.そして彼しか知らないと思う.」
カイルは神官であり学者でもあったという,ルアンの言葉がよみがえる.
全神殿の中で,もっとも知識にたけた男――,
「私,カリヴァニア王国へ帰りたい.」
問題を解くかぎは,あの王国にある.
今,パズルのピースがすべて当てはまった.
「ショウのためですか?」
スミが,探るような目をして質問する.
みゆは首を振った.
「ちがう.柏原君のためでもあるけれど,本当の理由は別にある.」
今日のルアンとの会話から,ずっと考えていた.
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