水底呼声 -suitei kosei-

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  4−5  

ベッドは小さいが,しっかりとした造りだ.
そばには鏡台が置かれて,ブラシや化粧品らしきものが用意されている.
それが,みゆが首都神殿で監禁されている部屋だった.
扉には外側からかぎがかけられて,兵士たちが廊下で見張っている.
「私は,いつまで閉じこめられるのですか?」
扉に向かって問いかける.
「結界は今,どうなっているのですか?」
けれど返事はない.
何も教えるなと命令されているのだろう.
兵士たちは,ひたすらに無言を貫いていた.
扉から離れて,みゆはベッドに戻る.
監禁されてから,今日で四日目である.
みゆはすでに,部屋からの逃走を試みていた.
食事が運ばれる際に扉から逃げ出そうとしたり,ガラスを割って窓から逃げ出そうとしたり.
だが,どれも失敗した.
失敗後は,見張りの兵士は増えて,窓には板を打ちつけられた.
いっときなど兵士たちは部屋の中に入り,みゆを監視したが,
「プライバシーの侵害だわ! せめて女性兵士にしてちょうだい,セクハラよ!」
と,みゆが騒ぎ立てると,おとなしく部屋から出て行った.
プライバシーだのセクハラだの,言葉の意味は分からなかっただろうが.
窓をふさがれてからは,日の光が入らない.
みゆはろうそくの明かりだけを頼りに,昼も夜も陰気に過ごした.
神聖公国は今,どのような騒ぎになっているのだろう.
ウィルとスミは無事なのだろうか.
外界から完全に遮断されて,みゆは情報に飢えていた.
何もできずにベッドでごろごろしていると,がちゃりと扉の開く音がする.
「退屈そうだな.」
あきれたような声が放たれた.
「結界が壊れてからずっと,俺は不眠不休で働いているのに.」
短い銀の髪,鋭いまなざし.
不眠不休と本人が言うように,目が充血している.
「君に会う時間すら作れなかった.こんなにも女に会いたいと思ったのは初めてだ.」
バウスに続いて,サイザーも部屋に入る.
みゆはきゅっと唇を引き結び,彼らと対峙する.
いつわりの平和が終わったのだ.
「君が壊した結界は,昨日修復された.」
王子は鏡台のいすに腰かけて,えらそうに足を組む.
「しかし修復されるまでに,カリヴァニア王国からの侵入を許してしまった.」
ベッドに座っているみゆと視線の高さは同じぐらいだが,彼にはやはり威圧感がある.
「どれだけの数の侵入者が,やって来たのか分からない.」
侵入者はウィルとスミだ,と思った.
バウスが意味深に,にやりと笑む.
「だが,彼らのうちの一人は捕らえた.」
「え?」
彼は懐から,血のついた布を取り出した.
みゆは何も考えられずに,それを引ったくる!
服の一部らしい,黄土色の布.
ウィルは黒一色だが,スミはちがう.
このような色合いの服も着ていたような気がするし,それに深手を負っていた.
布を持つ両手が,ぶるぶると震えだす.
すると,
「君は俺が考える以上に,正直者だな.」
バウスが目を丸くしていた.
けれどすぐに,口もとに皮肉な笑みを見せる.
「呪われた王国からの侵入者は,君の大切な仲間ということか.」
とたんに,みゆは悟る.
はめられた.
少年たちが簡単に捕まるわけがないのに.
バウスはまったく関係のない布を見せて,みゆが興味を示すかどうか試したのだ.
悔しさに歯がみする.
みゆをだますことなど,彼には赤子の手をひねるようなものだ.
「ラート・サイザー,今の反応を見たでしょう? 彼女はカリヴァニア王国の者です.」
バウスは,後ろに立つ老女に話しかける.
「彼女を聖女にすることはあきらめて,城へ引き渡してください.」
サイザーは,くすりとほほ笑んだ.
「ミユが魔物に見えるのですか? 彼女はちがう世界から来た人間ですよ.」
「魔物だろうが人間だろうが,彼女はカリヴァニア王国から来たのです.」
何らかの手段を用いて,洞くつの結界をくぐり抜けたのでしょうと,王子は続ける.
そして禁足の森で,ライクシードとセシリアに出会った.
「この国に入りこみ,仲間を呼び寄せるために結界を壊したのです.」
「殿下,あなたのお話は不愉快です.不信心にも,ほどがあります.」
サイザーは,まゆをつり上げる.
「神に呪われた王国に,私たちと同じ人間が存在すると言うのですか?」
彼女のせりふに,みゆは引っかかった.
「神が人間を呪うとでも? あなたは神の愛が感じられないのですか?」
「誰もカリヴァニア王国へ行って,確かめたことはないでしょう.」
バウスが反論する.
「なんと恐ろしい.魔物しかいない国へ行けと,誰かに命じるのですか?」
「そうではありません.我々はあの国の実際の姿を知らないではありませんか.」
みゆは洞くつのそばにあった,モンスターの石像を思い出す.
つまりカリヴァニア王国は,あのような化けものたちの巣窟だと思われているのだ.
あまりにも事実とかけ離れた認識に,開いた口がふさがらない.
こんな誤解をされているなんて.
「いい加減,ミユの聖女就任に反対するのはやめてください.」
ひたと,サイザーはみゆの顔を見据える.
「城からの許可が下り次第,あなたには神の塔に入って,次代の聖女を産んでもらうわ.」
「断ります!」
生理的な嫌悪感が背中を駆け上がり,みゆは叫んでしまった.
想像するだけで気持ち悪い.
処女のままで一人で塔に入り,子どもを授かるなど.
聖女になることは考えてみたが,妊娠は論外だった.
ふと気づくと,サイザーがとても悲しそうな目をしている.
「あなたも神の塔を恐れるのね.清らかな体のままで子をなすことは,聖女最大の誉れなのに.」
「彼女は結界を壊したのですよ.」
王子が口をはさんだ.
「あなたのおっしゃるとおりに異世界の人間だとしても,すぐさま処刑すべきです.」
生かしておくには危険すぎます,と説得しようとする.
「力の暴走ならば,二度と起こりませんよ.」
彼女は,しれっとした調子で言い返した.
「何を根拠にそう主張するのですか? あなたは自分の年齢にあせっているだけでしょう.」
図星をさされたように,老女の顔がかっと赤くなる.
「自分が死ぬ前に,新しい聖女を用意したい,」
「私を侮辱するのですか?」
声が怒りに震えた.
「そもそもセシリアさえ,聖女として十分な力を持っていれば,」
「あなたこそ,セシリアを侮辱していらっしゃる!」
突然,バウスはいすから立ち上がり,大声を出す.
「力がないことを分かっているのならば,あの子を城へ返してください!」
今にもつかみかかりそうな勢いで,サイザーをにらみつけた.
「神殿の体裁を繕うためだけに,セシリアを聖女に祭り上げて,情けないと思わないのですか.」
彼女も射殺さんばかりに,王子をにらむ.
もはや,みゆのことは無視だった.
しかしバウスはふいに視線を外して,みゆの方に向き直る.
鬼のような形相にみゆはびくついたが,彼はふぅと息を吐いて体から力を抜いた.
「君がライクを利用したのか,あいつが勝手にのぼせ上がったのか,俺は知らない.」
青の瞳は,冷静さを取り戻している.
「だが礼を言う.弟を止めてくれて,ありがとう.」
予想外に感謝されて,みゆはとまどう.
「神殿の兵士たちと切り合った後では,いくら俺でもかばいきれなかった.」
彼はきっと公平な人なのだ.
「二度と彼を,ミユに近づけないでください.聖女をかどわかすなど不らちなマネを,」
「ご迷惑をおかけして,申し訳ございませんでした.」
攻撃的な口調で,バウスは謝罪する.
「ライクシードは部屋で謹慎させていますので,どうかご容赦ください.」
早口で言い切って,王子は部屋から出て行った.
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