宇宙空間で君とドライブを

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  8−3  

 レストランの駐車場は広かった。十台ほどの車が停まっている。マイカーが多く、なんとなくオープンカーが多い印象だ。自転車置き場もあって、マウンテンバイクが一台、置いてあった。
 駐車場が広いわりには、レストランの入口はせまく感じる。しかし、おしゃれな外観の洋風の建物だった。入口の両脇には花壇があり、小さな花が控えめに咲いていた。ドアの近くの壁には花より控えめに、民間警備会社のステッカーがはってある。
 このレストランで、ドルーアの祖父母と弟と食事するのだ。朝乃がドルーアと店に入ると、中はホテルのような立派な雰囲気だった。奥行きが広く、案外、大きな建物だったらしい。
 天井にはシャンデリアがあって、まさしく高級レストランだ。朝乃は気後れする。蝶ネクタイの男性が笑顔で、そばまでやってきた。
「こんにちは。ドルーア・コリント様と村越朝乃様でいらっしゃいますね?」
 ゆっくりとした聞きとりやすい英語だった。ドルーアは、鷹揚(おうよう)にうなずく。彼はこういった場に慣れているようだった。だが朝乃は当然、初めてだ。
「お待ちしておりました。お部屋にご案内いたします」
 朝乃はおどおどしながら、案内の男性とドルーアについて歩く。レストランのロビーも廊下も、ぴかぴかしている。従業員も多く、白と黒のシックな制服を着ている。背筋がピンと伸びていて、朝乃たちが近づくと、スマートなしぐさで道を譲ってくれる。
 自分の服装は場ちがいではないだろうか、と朝乃は不安になる。朝乃は今日、水色のワンピースを着ている。一応、首もとにえりはついているが、カジュアルなかっこうだ。小さなリュックサックも背負っている。靴はスニーカーだ。
 ただドルーアもネクタイをしめておらず、ラフな感じだ。なので、朝乃のファッションも問題ないと思う。ドルーアが朝乃に、優しくほほ笑みかけてきた。
「個室だから、食事のマナーは気にしなくていい。エンジェル、君が何か失敗しても、弘もサランもヨークも笑わない」
「ありがとうございます」
 朝乃も笑顔で答えた。道中でドルーアから聞いたが、祖父の弘は日本出身、祖母のサランは韓国出身らしい。ふたりとも浮舟に、建設当初から住んでいる。
 このレストランでは、客はみんな個室で食べるのだろうか。ドアが五つぐらい並んでいる広い廊下を歩く。あるドアの前に、ニューヨークが立っていた。
 彼は初めて会ったときと同じ、ジャージ姿だった。黒色で、両サイドにオレンジのラインが入っていてかっこいい。だが朝乃とドルーアよりずっと、くだけたかっこうだ。
 体操服でいいのか。ちょっと非常識なのでは? 朝乃は変に心配になった。それとも実は、気軽にランチの楽しめる場所なのか。ニューヨークは難しい顔をして、小型のタブレットコンピュータを操作していた。朝乃たちには気づいていなかった。
「こちらのお部屋でございます」
 案内係の人が控えめな調子で、朝乃とドルーアに言う。彼の声に、ニューヨークが顔を上げた。ニューヨークはドルーアを見て、次に朝乃に目を向けてからほほ笑んだ。
「きれいになったね。髪を切ってもらったんだろ?」
 日本語だった。おそらく朝乃に気を使ってくれたのだろう。そして女性をほめることがうまいのは、さすがドルーアの弟ということだろうか。朝乃は照れながら、お礼を述べた。
「ありがとうございます」
「でも、君もドルーアも不用心だよ。あんな誰でも入れるチープな店を利用するなんて」
 ニューヨークは顔をしかめる。朝乃は、まゆをひそめた。朝乃が髪を切ったことは、注意深く見れば分かるだろう。けれど、なぜどんな店で切ったかまで推測できるのか?
 ニューヨークは自分がながめていたタブレットの画面を、朝乃たちに見せてきた。そこには、写真と文章が映っていた。朝乃とドルーアの写真だ。ただし朝乃は背を向けていて、顔は映っていない。ドルーアの方は、横顔がばっちりと映っている。
 美容院に入るところを、隠し撮りされたらしかった。文章は英語で、さらに小さかったので読めなかった。ニューヨークは不機嫌そうに言う。
「ドルーアが、養女らしい十代の女の子と、ショッピングモール内の美容院に入った。女の子は、今、話題の超能力者である村越裕也の姉だ。ちょっとネットで調べるだけで、すぐに情報が手に入る」
 おとといのクララの記者会見から、裕也の名前は一気に世界中に広まった。加えて昨日、リゼがこれまた記者会見で、自分たち家族をイーストサイドまで逃がしてくれたのは裕也だと告白した。
「クララとリゼの亡命を手伝った裕也とは何者か?」
 マスコミも超能力の研究者たちも大騒ぎだった。
「彼は、SランクにもAランクにも登録されていない」
「クララとリゼの話によると、裕也は簡単に瞬間移動できるらしいが、それは本当か?」
 もしも容易に遠くまでテレポートできる超能力者がいるならば、社会はどう変わるのか。裕也は今、どこにいて、何をしているのか。彼には、瞬間移動以外にもすばらしい能力があるのか。
 朝乃がインターネットで弟の名前を検索すると、たくさんの記事が出てくる。きちんとした新聞社の記事から、ただのうわさ話まで。情報が多すぎて、何が正しくて何が正しくないのか分からない。さらにどこからどう流出したのか、裕也の写真や動画も出てくる。
 どこかのファーストフード店で、裕也がジュースを飲んでいる写真もあった。裕也の隣には、知らないおじさんがいる。彼はハンバーガーを食べていて、裕也と話しているように見えた。
(このおじさんは誰なの? 場所はアメリカっぽいけれど、おじさんは日本人っぽい?)
 裕也がどこかの飛行場にいて、彼の体が透明なエレベーターに乗っているみたいにすっと上へ浮く映像もあった。空飛ぶ裕也に驚いていると、次は小型のプロペラ機が同じようにすっと上へ移動した。軽いものであるかのように、簡単に浮いたのだ。
 これらの写真と映像は、どちらも隠し撮りのようだった。両方とも、弟の表情がびっくりするほどに暗い。朝乃は見ていて、痛々しかった。
 今や、裕也の顔は世界中に知られている。彼には姉がいて、その姉が浮舟に亡命していることもドルーアに保護されていることも、ネット上では有名な話になっていた。
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