宇宙空間で君とドライブを

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  7−9  

 朝乃が目を丸くすると、彼はにこりとほほ笑んだ。
「七月二十日の超能力者たちが集まるパーティーの招待状が、ガルシアさんから僕のもとに送られてきた。なぜほぼ面識のない彼が、エスパーではない僕を誘ったのか疑問だったが、これで理解できたよ」
 ドルーアの話を聞きながら、裕也は嫌そうな顔をしている。裕也の顔芸を、ドルーアは完全に無視していた。
「ガルシアさんは、ミンヤンさんと親交が深い。彼らは僕がパーティーに参加して、朝乃と裕也のサポートをすることを期待しているのだろう。エンジェル、僕とパーティーに行ってくれるかな?」
 朝乃の脳内で、スカートのふくらんだお姫様のようなドレスを着た自分が、タキシード姿のドルーアと素敵なダンスを踊っていた。朝乃は語尾にハートをつけて、はいと返事しそうになったが、かろうじてこらえた。
「でも、ご迷惑ではありませんか?」
 おろおろとして、たずねる。朝乃はドルーアに甘えすぎではないか。しかも今回、ドルーアは裕也の面倒まで見るはめになる。
「迷惑じゃない。君も分かっているだろう?」
 ドルーアはにっと笑って、朝乃は赤面する。確かに、心のどこかで彼が迷惑と感じていないと分かっていた。分かっていたくせに、聞いてしまった。
「というわけで裕也、君は何の心配もなく、リゼと過ごしたまえ。立食形式のパーティーで、お菓子もいっぱい出るそうだ」
 ドルーアが言う。朝乃は弟を見た。彼は、苦渋に満ちた表情をしている。ちらりと気まずそうに、リゼに目をやる。リゼは、とにかく不安そうだ。裕也はさっさと彼女にエスコートしたいと言うべきだ。それで、裕也もリゼもハッピーになれる。だが、
「私はお父さんといるから! 弟のクリスもいるし」
 裕也に気を使ったらしいリゼが、あせった調子で断る。裕也は不機嫌になり、分かったと小さく答えた。ドルーアがため息をつく。朝乃も、ため息が出るのを我慢しなくてはならなかった。
 これだけお膳立てしたのに、なぜこんな結果になるのか。裕也は情けない。情けないにもほどがある。朝乃の視線に気づいて、弟は身を小さくする。自分でも失敗したと理解しているのだろう。
「話を戻そう。いつ朝乃と裕也は、リゼの家に行くんだ?」
 ドルーアが気を取り直して、朝乃たちにたずねてきた。
「次の次の土曜日は?」
 裕也が、リゼと朝乃に問いかける。
「まだ何も予定が入っていないわ」
「私も入っていない」
 朝乃たちが答えて、リゼの家への訪問は来週の土曜日と決まった。裕也は息を吐いて、肩を落とす。
「もういいだろ? リゼをイーストサイドに送り返す」
 げっそりとして、朝乃におうかがいを立てた。彼にとっては、何かと気疲れする状況なのだろう。同い年なのに、裕也は老けこんだように見える。さすがに朝乃は弟がかわいそうになり、うなずいた。
「じゃ、リゼ。家に送るから」
 裕也は慣れた手つきで、彼女の腰を抱き寄せる。
「うん。長居して、ごめんなさい」
 リゼは裕也の首に手を回して、べったりと抱きついた。
「いや、謝る必要はない。気にするな」
 裕也はささやく。朝乃は目をそらした。弟が女性といちゃいちゃしているのを見るのは気はずかしい。見ていいのかどうかも分からない。リゼは朝乃に話しかける。
「お姉さん。来週の土曜日、お待ちしています。私の家族は」
 彼女のせりふが終わらないうちに、リゼと裕也の姿はかき消えた。裕也が瞬間移動したのだろう。残された朝乃、ドルーア、功、翠はしばしぼう然とする。
 最初から誰もいなかったかのように、今、裕也もリゼもいない。初めて裕也の超能力を見たドルーアと功は、目を丸くしていた。
「瞬間移動は、あんなに簡単にできるものなのか? しかも生きている人間ふたりだぞ」
 功が言う。声が、かすかに震えていた。ドルーアもとまどっていた。
「前に、ドキュメンタリー番組で見たミハイル・ヴァレリーの瞬間移動は、テニスボールを数メートルさきまで飛ばしていた」
 ミハイルはSランクの超能力者だ。狂天使とも呼ばれて、月側の宇宙軍のエースでもある。ドルーアは、うーんと考えてから苦笑した。
「テニスボールでも、ミハイルは大変そうだった。裕也みたいに気楽にはしていなかったよ。自分の体もテレポートさせていたが、せいぜい一メートルくらいで、ものすごく脂汗をかいていた」
 それから、犬や猫などを瞬間移動させるといった動物実験はしていなかった、と説明する。功は話す。
「たとえピンポンボールでも瞬間移動させられる超能力者なんて、全世界で、……何人いるんだ? 十人もいないだろ?」
 彼らの会話は盛り上がる。
「とにかく、食事の続きをしましょうか。すっかりさめちゃったけれど」
 翠が冷静にしゃべって、昼食のポトフを食べ始めた。
「そうだな」
 毒気を抜かれた感じで、功も食事を再開する。朝乃はおはしを、ドルーアはパンを手に取った。ちょっとすると、ドルーアがためらいがちに朝乃にたずねてくる。
「裕也とリゼの関係を、君は知っていたのか?」
「いえ、裕也の片想いと思っていたのですが」
 朝乃は口をにごす。弟は深刻な様子で、リゼにひどいことをたくさんした、だから謝罪すると言っていた。しかし彼女は、裕也に怒っているように見えなかった。多分、朝乃が裕也の姉と分かって解決したのだろう。
 となると、あのSランク超能力者のリゼ・スタンリーが、朝乃の義妹になるのか? いや、それはさすがに気がはやいだろう。それにリゼは、朝乃より年上だ。
「裕也とリゼさんは恋人どうし、ですよね?」
 朝乃は、誰にともなく聞いてみた。
「そうだろうな。あんな風にべたべたするのは、恋人どうしだけだ。さらに裕也の性格を考えると、恋人ではない女性の体に遠慮なく触るとは思えない」
 功が答える。ドルーアは、はぁと息を吐いた。彼は拍子抜けしているようにも見えた。
「あんなにシスコンなのに、恋人がいるのか」
 彼はあきれている。
「極度のシスコンでも、恋人ができる。その証左が裕也らしい」
 功が感心したように言う。自分はブラコンで、裕也はシスコンと分かっている朝乃は、何とも返事ができない。
 ドルーアがなぜか、朝乃をじっと見ていた。何かまだ聞きたいことがあるのか。彼はゆっくりとした動作で、朝乃を抱きしめてきた。大きな手が、朝乃の背中を強い力で抱いている。彼の行動の意図が、朝乃には分からない。けれど彼を抱きしめ返した。
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