宇宙空間で君とドライブを

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  5−5  

 朝乃とドルーアは信士の家に着くまで、車内でドラマを観て過ごすことにした。朝乃はドルーアが出ているドラマかと思ったが、そうではなかった。
「ほんの端役だが、このドラマの続編の出演依頼が来ている。仕事を引き受けるかどうか決めるために、まずはドラマを観たい」
 ドルーアは言う。朝乃はまだ、彼が出演しているドラマや映画などを観たことがなかった。いや、観ないようにしていた。功と翠も、ドルーアの出演するものは観ていないようだ。
「ドラマの舞台は、2088年に完成した人類初の月面都市『フロンティア』だ。当時の月面都市は、今のようなドーム型ではなく地底にあった。二番目の月面都市『ルナ2』建設に奔走する人々を描くヒューマンドラマだよ」
 今から約130年前を描く歴史ものだ。当時の月は、まさに辺境(フロンティア)だっただろう。車のフロントガラスに長方形の画面が現れて、ドラマが始まる。車内が映画館のように暗くなった。
 ドラマは英語で、日本語字幕がついていた。けれど朝乃は、ほとんど字幕に頼らずに聞き取れた。ドルーアは真剣に観ると思いきや、おしゃべりばかりだった。いや、解説だ。
「フロンティアは最初、アメリカ、中国、ロシアによる共同統治だった。フロンティアが自治権を獲得し、さらに国家として認められたのは2098年だ」
「今はルナ2は軍事国家と言っていい。世界軍事費ランキングで、常にトップ10に入っている」
 ドルーアは仕事の都合もあるが、朝乃に勉強させるためにドラマを観せたらしい。彼は軽薄そうに見えて、まじめだ。勉強することの大切さを知っている。
 しかし狭い車内でふたりきりというのに、色気も何もない。朝乃はつくづく、自分とドルーアの関係は親子と感じた。
 さらにドラマの内容は難しく、車内も暗いので、朝乃は眠くなってきた。昨夜は緊張のせいで、眠りが浅かった。朝乃は遠慮がちに、ドルーアの肩に寄りかかる。彼は驚いたらしく、少し体を震わせた。
 暖かくて気持ちいい。いい香りもする。香水とかコロンとかだろうか。朝乃は眠りに落ちていった。ふと気づくと、誰かにほおをつつかれている。
「そろそろ起きてほしいな、マイ・エンジェル。僕のひざは、そんなに寝心地がいいかい?」
 こまったようなドルーアの声に、朝乃は驚いて跳ね起きた。ドルーアがびっくりして、のけぞる。つまり朝乃に頭突きされないように、よけた。朝乃はドルーアのひざを頭の下にしいて、寝ていたらしい。はずかしくなって、顔を真っ赤にした。
「すみません」
「かまわない。僕は君専用の枕みたいなものさ。君のかわいい色じかけに参っている」
 朝乃が謝ると、ドルーアは両肩をすくめた。ドラマは終わっていて、車内は明るかった。
「目的地周辺です。およそ十分で、目的地に到着します」
 タクシーの電子音声が朝乃たちに知らせる。ドルーアは、左手首の腕時計型コンピュータに向かってしゃべった。
「スプーキー。あと十分で到着します、と信士さんに伝言を送ってくれ」
「承知しました」
 スプーキーは英語で答えた。一週間ほど前、ドルーアは朝乃のために、スプーキーの言語を日本語にした。だが今は英語に戻したらしい。彼の母国語は英語なのだろう。
 朝乃はドルーアの横顔を見る。あと十分しか、彼を独占できない。寝るとは、もったいないことをした。もっといろいろ、おしゃべりしたかった。
 朝乃の視線に気づいて、ドルーアも朝乃を見る。ふたりの間に、妙な空気がただよった。なぜだろう、変に話しづらい雰囲気だ。ドルーアはためらったすえに、たずねる。
「朝乃、日本では姉弟はキスしないと聞いた。だが君と裕也は、よくしているのかな?」
 軽い調子を装った質問に、朝乃はぎくっと体を震わせる。ドルーアも顔をこわばらせた。
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