宇宙空間で君とドライブを

戻る | 続き | 目次

  4−12  

 裕也は悲しげな目をして、朝乃を見ていた。朝乃も同じ表情をしているのだろう。お母さんとお父さんに会いたい。朝乃たちから両親を奪ったのは、月面人ではなく、あの戦争しかないというムードだったのかもしれない。
「朝乃、俺は行くよ。俺の手はすでに汚れているけれど、――これ以上、俺のような超能力者や、父さんや母さんのような殺されるだけの人を作りたくないんだ」
 裕也は、決意をこめたまなざしで言った。朝乃は黙った。もっと話してほしい。聞きたいことがたくさんある。お母さんとお父さんのことを教えてほしい。
 けれど朝乃は、裕也の足を引っぱるべきではない。一緒に暮らしたいとも口にしない方がいいのだろう。弟には、成し遂げたいことがあるのだ。朝乃は自分の気持ちをこらえて、笑顔を作った。
「うん。いってらっしゃい」
 朝乃は先週、タキシード姿のドルーアを病院で見送った。けれど彼は朝乃のもとへ戻ってきた。今夜は電話もしてくれる。それにドルーアは朝乃のそばにいない間も、服や机を送って、朝乃のことを気にかけていた。
 だから朝乃はまた会えると信じて、裕也も見送るのだ。裕也は朝乃にほほ笑み返す。彼の姿が、ふっとかき消えた。瞬間移動したのだ。裕也が飛ぶのを見るのは二回目だが、やはり衝撃的な光景だった。
「すごいわね」
 翠が目を丸くする。朝乃はうなずいた。超能力で簡単にいなくなる裕也は、常識はずれの存在だ。翠はほがらかに笑う。
「急すぎてびっくりしたけれど、裕也君に会えてよかった。彼が今、どうしているか、ずっと心配していたから。顔が見れて安心した」
 朝乃は自分がはずかしくなった。朝乃は裕也を気にしていたが、心配はしていなかった。自分の心配ばかりで、裕也が無事なのか、安心して生活できているのか考えていなかった。むしろ弟を責めていた。朝乃は姉失格だ。
「私はミンヤンさんを、よく知らないのですが……」
 朝乃は不安な気持ちでしゃべる。裕也はミンヤンに心酔しているようだ。だが朝乃は、裕也はミンヤンにいいように利用されているのではないかと心配だった。日本の宇宙港放火の件もある。ミンヤンはそれに関わっているのかいないのか、気になった。
 しかし翠とドルーアは、裕也がミンヤンのもとにいるなら大丈夫と考えているようだ。翠は優しく笑う。
「ミンヤンさんは日本であまり報道されないから、無理もないわ。彼は、火星有人探査に参加したことのある人なの。私や功が産まれる前のことよ」
 地球と火星は、約十五年ごとに大接近する。そのたびに人類は、火星へ調査チームを派遣する。ミンヤンは調査チームの一員として、火星の大地に降り立った。つまりエリート中のエリート宇宙飛行士だ。Sランクの超能力者というだけでも、すごいのに。
「翠さんたちが産まれる前に火星に行ったということは、ミンヤンさんは今、おいくつですか?」
 朝乃はたずねる。前回の大接近のとき、朝乃と裕也は小学一年生で、星間戦争はまだ始まっていなかった。前々回のときは、朝乃たちは産まれていない。ただ翠と功は産まれていそうだ。赤ちゃんだったのではないだろうか。
 となるとミンヤンが火星に行ったのは前前前回で、多分、四十年くらい前のことだ。
「おじいさんなのは確かだけど、ミンヤンさんの年までは知らない。でも有名人だから、ネットで調べればすぐに年齢は分かると思う。そして彼は、超能力者としても一流。世界で初めてSランクに認定されたのも彼。だから、すごく発言力のある人なの」
 翠は話す。
「ミンヤンさんはずっと星間戦争の停止を訴えている。戦意高揚歌の人気歌手だったジャニスを変えたのも彼、と言われている」
 朝乃はとまどいつつも、相づちを打った。ジャニスを活動休止に追いこんだのはミンヤン、と書かれた雑誌の記事もあった。朝乃はドルーアばかりに注目していたから、適当に読み飛ばしたが。
「ミンヤンさんのもとにいる裕也君が、ジャニスの手紙を持っていたということは、今でもジャニスとミンヤンさんは親交があるみたいね。さらにミンヤンさんは、西暦2165年の世界大戦に兵士として参加したこともある」
 エジプト、トルコなどの中東が中心となった、約五十年前の戦争だ。朝乃の祖父も軍隊に入っていた。父方の祖父は、軍用輸送船を操縦していたらしい。母方の祖父は、戦争のことをほとんど語らなかった。嫌な思い出だったのかもしれない。
「そう言えば、――五年くらい前かな? ミンヤンさんは平和集会に参加するために、日本に来たことがある。ぼんやりとニュースを覚えているわ」
「そうなのですか?」
 翠のせりふに、朝乃は驚いた。朝乃はそのニュースを知らなかった。日本で、そんな集会があったとは意外だった。いや、反戦のための集まりが許可されたことに驚いた。
 ところで中国は日本より、戦争に力を入れている国だ。地球側で星間戦争をリードしているのは、アメリカ、ロシア、中国、フランスなどだ。
 なのに中国に住んでいるミンヤンは、戦争の終結を訴えている。彼は危険な立場にいるのではないか。朝乃は、ミンヤンのそばにいる裕也が心配になってきた。
「うん。ただ、そのころの私は興味がなくて、あまりニュースを覚えていない。自分が日本から出ていくとは、夢にも思わなかったし」
 翠は苦笑した。
「浮舟に来てから、ドルーアの影響で、ミンヤンさんの著書は一冊だけ読んだ。彼にとって火星は、思い出深い大切な惑星。世界大戦の収束、――平和や復興を象徴する星。火星開拓は、国際協同ミッションのうちのひとつ」
 世代の差だろうか、朝乃は火星にそんなイメージを持っていない。朝乃にとって火星は、真っ赤に燃える戦いの星だ。翠は静かな調子でしゃべる。
「なのに今、火星は戦争の引き金と呼ばれている。星間戦争は泥沼化している。それがつらくてたまらない、と」
「あなたも戦争に反対ですか?」
 朝乃はたずねた。翠は少し黙った後で、悲しげに言う。
「分からない。でも今の日本の状態が、正しいとは思えない」
戻る | 続き | 目次
Copyright (c) 2019 Mayuri Senyoshi All rights reserved.
 

-Powered by HTML DWARF-