宇宙空間で君とドライブを

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  4−11  

 プリンは、月面では高級品だ。朝乃と裕也は翠に感謝して、ありがたくいただいた。甘くておいしかった。
 食後、朝乃と翠で、わいわいと楽しく裕也の髪を切る。裕也は翠に髪を触られるたびに、顔を赤くしていた。そしてちらちらと、翠の大きな胸に目をやっている。弟は最悪だ。朝乃はあきれた。髪を切り終わると、
「Thanks. 朝乃。やっとすっきりした」
 裕也はほっとしたように息をつく。アメリカで暮らしていたせいだろう、彼は普通に英語をしゃべった。くくれるほどに長かった髪は短くなり、特に前髪がすっきりした。視界良好だろう。顔の雰囲気も明るくなり、朝乃は満足した。
「朝乃ちゃんは器用ね。すごくうまく切れている」
 翠は感心して、裕也の頭を見る。
「もう五年くらい、私が切っていますから」
 朝乃は照れて笑った。朝乃たちはたわいもない話をしながら、散髪の後片づけをする。ロボット掃除機が、床に落ちた裕也の髪の毛を吸った。片づけが終わると、裕也は翠の大きなおなかにていねいに触れる。
「無事に産まれますように」
 願いをこめて言う。いすに座る翠の前で、裕也はひざまずいていた。
「ありがとう」
 翠は明るく笑う。裕也はまぶしそうに、ほほ笑み返した。彼は立ち上がって、朝乃に向かって話す。
「そろそろ中国にあるミンヤンさんの家に戻る」
「分かった」
 朝乃は悲しくなった。けれど裕也のメールアドレスと電話番号をもらった。これで、いつでも連絡できるのだ。朝乃はほほ笑む。
「メールを送るから、電話もするから」
 ところが裕也は面倒そうな顔になった。彼は昔から、必要な連絡をおこたる。朝乃がにらむと、弟はしぶしぶしゃべった。
「返信する」
「うん。待っているから」
 朝乃は期待せずに答えた。多分、裕也は返事をくれないだろう。彼はすねた表情をしていたが、ふいにまじめな顔になった。
「朝乃は去年の誕生日に、何をしていた?」
 唐突で奇妙な問いかけに、朝乃は首をかしげた。
「何もしていなかったけれど」
 裕也がいれば、何かお祝いの言葉を口にしただろう。だが去年の十一月九日、朝乃はひとりだった。裕也がいなくて、さらに連絡も取れなくて、さびしかった。みじめでもあった。裕也はつらそうに、朝乃から視線を外す。少し黙った後で、また目を合わせた。
「俺はミンヤンさんといた。ふたりで宇宙から地球を見ていた。日本があった。ミンヤンさんが俺に過去を、――俺自身が忘れていた記憶を見せてくれた」
 朝乃はまゆをひそめる。去年の十一月、裕也は軍にいた。どのようにして、軍と距離を置いていそうなミンヤンと知り合ったのか。そして過去の記憶を見せてくれた? ミンヤンの超能力で、なのか。
「十年くらい前、父さんと母さんは星間戦争に反対していた」
 あ、と朝乃も思い出した。親はそんなことを言っていた気がする。ただ昔のことで、よく覚えていない。それにそのころの朝乃と裕也は、まだ小学生であまり理解できていなかった。
 また父母の死後は孤児院に入り、社会について考える余裕がなかった。よって朝乃と裕也は両親の言葉を忘れ、周囲に染まっていった。だが、
「戦争しないと、火星を月面人たちに取られるよ。それでもいいの?」
 朝乃はこんな風に、両親にたずねたことがあった。そしてドルーアと出会ったばかりのころ、意図せず彼にも同じ質問をした。彼は答をはぐらかしたと思う。
 両親は確かに、戦争に賛同していなかった。しかし日本は、ニュース番組も娯楽アニメもすべて、戦争しかないというムードだった。だから父母は声をひそめ、戦争について話していた。そして家の外では、何もしゃべらなかった。
「父さんたちは『火星移住は、月移住よりずっと困難だ。全人類の力を合わせなくてはならない。地球と月が争っていては、火星開拓などできない』と言っていた」
 ふたりとも月や深宇宙港までよく行っていたから、宇宙の広さや無慈悲さはよく分かっていたのだろうと、裕也は言う。
「『戦争はやめるべきだ。少なくとも日本は参加すべきでない』とも話し合っていた」
 けれど両親は、軍に協力して命を落とした。なぜ、そんな自分たちの考えとは逆のことをしたのか。朝乃は悲しいのかくやしいのか、唇をかんだ。両親はおそらく上からの命令に逆らえずに、そうなったのだ。
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