宇宙空間で君とドライブを

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  3−11  

「ジョシュアが撃たれて、私は驚いて彼のもとへ走った。だが」
 信士は殺気を感じて、体を伏せる。間一髪のタイミングで、銃声が響いた。顔を上げると、迎えの車の陰から、ふたりの男が出てくる。待ち伏せされていたらしい。
「彼らは緑色の迷彩服を着て、頭には同じく緑色のヘルメットをしていた」
 そのかっこうは、街中なので悪目立ちしている。顔には、濃いひげがある。つけひげで変装しているのかもしれない。彼らは銃を持っていて、信士にねらいを定めていた。
 さらに管理局の隣にあるビルの屋上から、三人の男がロープを使って降りてくる。信士は、腹に力を入れて覚悟を決めた。信士は今、武器を持っていない。丸腰で五人を相手にするのは、ほぼ不可能だ。
 信士はまず、車の陰から出てきたふたりと戦った。だが敵が五人に増えたあたりから、周囲の状況がつかめなくなった。ジョシュアは、朝乃は、ドルーアは今、どうなっているのか? あせりだけが募る。
「ビルの屋上から来た三人は、緑色と焦げ茶色の迷彩服を着ていた。懐かしいものなので、日本軍の服とすぐに分かった。彼らは顔を隠しておらず、東アジア系の顔だちだった」
 信士はたんたんと話をする。朝乃はアイスを食べながら、待ってくださいと声をかけた。
「田上さんは、日本軍に所属していたのですか?」
「あぁ。もう十年以上も前のことだ」
 彼は苦い表情で肯定する。だから信士はあんなにも強かったのか、と朝乃は納得した。信士はあのとき、ほとんどひとりで五人の武器を持った男たちと戦っていた。彼は忍者と言われても、うなずける状況だった。
 そして十年以上も前ということは、星間戦争の始まる前だ。そのころはまだ、日本人は自由に国外へ移動できた。信士は気を取り直したように、アイスを口に運んで話を再開した。
「視界のはじに、ドルーア君が倒れ、君が彼にすがりついているのが見えた。迷彩服の男が、君の頭に銃を突きつけた」
 信士はあわてて駆け寄り、男をけり倒した。次に朝乃に、助けを呼ぶように頼む。朝乃は走り出した。信士は、ナイフを持った男を倒す。
 ドルーアは中途半端に麻酔銃が効いているのだろう、ふらふらの体でレーザー銃で応戦していた。だが結局、信士たちの戦いは長く続かなかった。
「君は麻酔銃で撃たれ、倒れた。私はレーザー銃で撃たれて、ふたりの男に取り押さえられた」
 朝乃は、自分の記憶を掘り起こす。ドルーアは信士に、レーザー銃からかばってくれてありがとうございましたと言った。そして朝乃は実際に、信士の「よけろ」という声と、ドルーアの悲鳴を聞いている。つまり信士は、ドルーアをかばって撃たれたらしい。
「ドルーア君も銃を奪われて、ひとりの男に組み伏せられていた。ドルーア君の顔色は真っ青だった」
 だが急に、ドルーアはにやりと笑う。自分を拘束している男に話しかけた。
「君たちは、ラ・ルーナの軍人だろう?」
 男はぎくりと顔をこわばらせた。
「なぜ分かった?」
 月面英語で問いかける。ドルーアは、鼻さきで笑った。
「黙れ!」
 と、信士をつかまえている方の男がさけぶ。
「いっさいしゃべるな。表情も動かすな。そいつはドルーア・コリントだぞ」
 強い調子で命令する。迷彩服の男たちは全員、表情を消した。
「質問してもいいですか?」
 朝乃はまた信士の話を止めた。
「ラ・ルーナって何ですか?」
「月面都市の名前だよ。南極付近にある都市で、浮舟とは近い。また戦争に参加している都市で、有名な超能力者である慈悲のクララがいる」
 そうやって説明されると、ラ・ルーナはニュースで聞いたことがある。
「でも、なぜドルーアさんは、ラ・ルーナの軍人と分かったのですか? 日本軍の迷彩服なら、日本人ではないのですか?」
 それにさきほど功は、犯人たちは日本の指示でやったと供述していると教えてくれた。なのに、なぜラ・ルーナが出てくるのか。朝乃の問いかけに、信士は少しだけ黙った。アイスは食べ終わったらしく、彼はテーブルにアイスのカップを置いた。
「ドルーア君は、当てずっぼうと言っている」
 当てずっぽうで当たるのか? 世界には国がたくさんあって、月面都市だけでも約四十もあるのに。朝乃は納得できなかった。
「日本軍の服を着た、ラ・ルーナの軍人だったのですか?」
 日本人のふりをした外国人なのか? そう言えば、襲撃者のうちのひとりは、不慣れな日本語でしゃべっていた。
「ドルーア君は、そう考えている。だが実際のところは分からない。とにかく私とドルーア君は取り押さえられて、何もできずにいた。ふたりの男が、君の方へ向かった」
 男の手が朝乃の体に触れたとたん、ドルーアはプライドをかなぐり捨てて、無我夢中でさけんだ。
「朝乃を連れていかないでくれ! 何でもするから」
 悲痛な声だった。うつぶせに倒れている朝乃が、体をぴくりと動かした。何の前触れもなく、朝乃のそばにいた男たちが吹っ飛び、ビルの壁にたたきつけられる。信士とドルーアが驚いているうちに、ほかの男たちもひゅーんと飛んで、壁に激突した。
「朝乃!」
 自由になったドルーアは、朝乃のもとへ走った。朝乃は倒れたままで、右腕だけが上下に動いていた。が、やがて力つきたように動かなくなった。
「私の手もとまで、男たちが持っていた麻酔銃が飛んできた。これもまた、君の超能力だろう」
 朝乃は、あいまいにうなずいた。うそをついているので、気まずい。
「私は麻酔銃で五人の男を撃った。その後、私は局内に電話して人を呼び、ドルーア君は警察と救急車を呼んだ」
 それで朝乃たちは病院へ搬送され、不審者たちは逮捕されたらしい。多分、裕也が念動力を使ったのだろう。眠っている朝乃の体を動かし、男たちを壁にたたきつけ、麻酔銃を信士のところまで送った。
 信じられない。弟はまさに万能だ。人を吹っ飛ばすなんて、ごく限られた超能力者しかできない。朝乃はぶるりと体をふるわせた。裕也は世界最高の超能力者という、ドルーアと功の主張が納得できる。
 しかし裕也は今、どこにいるのか。悪者たちをやっつけて、また朝乃のそばからいなくなったのか。そもそもどうやって、朝乃のピンチを知ったのか。
「複数の人間を瞬時に吹き飛ばし、私のところまで銃を持ってきた。君は文句なしにAランクの超能力者だ。もしかしたらSランクかもしれない」
 信士の言葉に、朝乃の思考は中断された。Sランクの超能力者は、裕也だ。そしてSランクは、全世界に2、3人ぐらいしかいない。
「ただ、火事場のばか力というか、……同じことは二度とできません」
 朝乃は苦しい笑みを浮かべた。
「そうかもしれない。けれど君は、警察から超能力研究開発機構の研究所へ行くように促されると思う」
 信士の表情は重かった。朝乃も憂うつな気分だ。研究所で、空を飛べとか言われたらどうしよう。とにかく、火事場のばか力でしたで押し通すしかない。
「力の強い超能力者は、行政機関によって管理される」
 信士は話す。そこらへんのルールは、日本と変わらないらしい。ただ日本では、超能力者はたいてい軍に入る。月では、どうなのだろう。浮舟は中立都市だが、軍隊はあるのか?
「最後に、ひとつ頼まれてくれないか?」
 信士は朝乃に視線を向けた。彼の真剣さを感じ取り、朝乃はアイスを食べる手を止めた。
「ドルーア君に、無茶しないように伝えてほしい」
 朝乃は、去っていくドルーアの背中を思い出した。戦いに行くような雰囲気だった。
「君を連れ去ろうとした悪漢たちが、ラ・ルーナの人間かどうかは分からない。そしてそれを調査するのは、警察の役目だ」
 信士は心配して言う。彼の言うことは正しい。けれど、おそらくドルーアはラ・ルーナについて調べに行った。でも彼は、警察でも探偵でもない。朝乃も、どんどんとドルーアが心配になってきた。
「功さんに頼んで、あなたのメッセージをドルーアさんに伝えます」
「ありがとう」
 信士は目もとを緩めて、微笑した。
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