花々のたくらみ
5 やぶをつついて、ヘビを出す
普段は使われていない部屋に思えた。物置になっているのだろう。ダイニングテーブルといすがたくさん並べられて、家具屋のようだ。
私とゲイルは、白木のテーブルに向かい合って着席する。カートはテーブルの横に置いた。私は彼にクッキーを勧めたが、――大勢で作ったので大量にある、彼は遠慮した。
「ルーファスが焼きもちをやくから」
ゲイルは、やんわりと笑う。
「君はおととい城に戻ってきて、昨日浴場で騒ぎを起こしたと耳にしたけれど、合っている?」
私は、うっと声を詰まらせた後で、うなずいた。
「そして今日はメイドになっているのか。まさにびっくり箱だね」
ルーファスが落ちつかないのも分かるよ、と彼は口にする。
「いきなり帰ってきて、いきなり浴場に現れて、今日もいきなり部屋に来た」
「ごめんなさい」
私は謝った。ルーファスを驚かせるためにやっているわけではないが、確かに私の行動は唐突すぎる。
「ルーファスの友人として、頼みがあるのだけど」
ゲイルはテーブルの上で、両手の指を組んだ。
「もう少しゆっくりさせてほしいんだ」
ちょっと困った風に笑う。
「あいつは君に振り回されて、自分で動く時間が持てない。結婚に関しても、すでに式の準備は進んでいる。すぐにやめられるものではない」
君には不愉快なことだけど、と私に同情した。が、そのリヴァイラは私の部屋で、ソファーに寝そべって本を読んでいる。
「ごめんなさい。そろそろ」
私は立ち上がった。リヴァイラとルーファスが、私の部屋で顔を合わせるなんて怖すぎる。
「あぁ。話を聞いてくれて、ありがとう」
「私こそ、ありがとうございます」
私は今まで、ルーファスの都合や気持ちを考えていなかった。おのれの恋心を押し出すのみで。
「いいよ。俺にも打算があるから」
思いがけないせりふに、私は首をかしげた。私とルーファスがうまくいけば、ゲイルは得をするらしい。つまり、
「リヴァイラが好きなのですか?」
ゲイルは、ははと笑う。
「君にとっては憎い恋敵だけど、俺にとってはなかなか忘れられない女で」
私は興味をそそられて、いすに腰を戻した。忘れられないということは、
「恋人同士だったのですか?」
「短い間だったけどね。――ん? 俺は何を話しているんだ?」
彼は頭をかいて、困っている。
「リヴァイラのどこが好きなのですか? 外見とか財産ですか?」
否定されることを期待して、質問してみた。
「意外に、根堀り葉掘り聞くね」
ゲイルは身を引いた。うーんと迷ってから、まぁ、いいかとつぶやく。
「二年前に付き合っていたときは、彼女の見目麗しさがよかったんだ」
たまたま同じ本を読んでいたことがきっかけになって、ゲイルはリヴァイラと交際を始めた。
若く美しい彼女とともにいることは、ゲイルにとって鼻が高いことだった。夜会でほかの男たちがうらやむのも、快感だった。
ちなみにルーファスは、社交界にあまり顔を出さないので、ふたりの付き合いを知らない。
ルーファスと会う機会がないままに、ゲイルはリヴァイラに別れを告げられた。彼女は、ゲイルが自分の外身しか見ていないと察していたのだろう。
「俺たちは、あっさりと恋人関係を解消した。けれど」
いつの間にか、目で追っている。そして、実は気の強い女だと気づいた。従順で扱いやすい女の仮面をかぶっているだけだと。
「彼女を愛している。彼女が隠している本当の心を知りたい」
ゲイルは切なげに、ため息を吐いた。
恋する男の色気に、私はわくわくが止まらない。恋バナほど、おもしろいものはない。
「ルーファスは彼女を、王子妃にふさわしい女性としか認めていない」
だから結婚してほしくない。しかしリヴァイラは、求婚を受け入れている。彼女ならば拒否するはずなのに。
「いや、さすがに王子相手に断ることはできないか」
ゲイルは苦笑した。
「彼女の父親が、とても乗り気らしいし。でもリヴァイラは」
言葉を切って、あごに手を当てる。
「そういった権力には屈しない」
私は冷や汗をかいた。どうしよう。彼はリヴァイラを、かなり理解している。
「ルーファスのところへ行きますね」
私は笑みを作って、さっと立ち上がった。逃げる私の腕を、ゲイルがつかむ。
「君の存在は、リヴァイラを侮辱している。君のことはすでに社交界でうわさになっている」
しゃべりながら、思考を押し進める。
「リヴァイラの耳に入らないわけがない。そして、彼女の矜持は高い」
これは、まずい展開だ。
「君かルーファスに対して、何か行動を起こすはずだ。なのに彼女は、君たちを放置している」
名探偵ゲイルの推理に、私は口をはさめない。
「なぜだ? そもそもリヴァイラは結婚したくない。それどころか」
彼の両目が、驚きに見開かれる。
「君とリヴァイラは、裏で通じているな!」
あちゃー、ばれちゃった。
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