花々のたくらみ

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  6 油断大敵  

 私は長いすに座って、お気に入りの恋愛小説を読んでいた。
 最初はどうなることかと心配したが、綾子は想像以上にいい働きをしている。もはや私が何もしなくても、勝手に王子とよりを戻すだろう。そして王子は沈痛な面持ちで、私と父に頭を下げる。
「結婚は、なかったことにしてほしい」
 父は怒るにちがいない。だが王子が慰謝料をたくさん支払えば、満足する。悲しいけれど、そういう親だ。
 対して私は、一か月ほど傷心の日々を送り、ありのままの私を受け入れてくれる男性を探す。今度こそ、素敵な恋人を捕まえてみせる。
 捕まえたら、王子と仲直りして、王子妃となった綾子の親友の座を手に入れる。われながら、完璧な人生計画だ。
 しかし、あの王子。私は本を読みながら、ぷっと吹き出した。好きな女の裸で鼻血をふくなんて、意外に純情ね。
 むしろ子どもだわ。綾子も二十一才の割りには幼いから、――実は私より二つも年上なのよ! ふたりはお似合いね。
 私は機嫌よく、本を読み進めた。そばの円卓の上には、セーラが持ってきた砂糖漬けのくだものがある。黄色の果実をつまんで口に入れたとき、こんこんと扉がたたかれる。私の返事を待たずに、
「綾子、待たせたな」
 王子が浮かれた様子で入ってきた。私は果実を、ごくんとのみこむ。彼は凍りついた。
 しまった、油断していた。綾子と王子の距離が近づけば、彼が部屋に来る可能性は十分にあるのに。
「リヴァイラ、なぜここに?」
 彼の顔色は真っ青だ。目がいそがしく動き、誰かを、――おそらく綾子を探している。動転する彼に、私は逆に冷静になり機転を働かせた。円卓の上に本を置き、すっと立ち上がる。
「あなたがあんな女性を隠しているとは、疑ってもいなかったわ」
 王子はぎくりと、表情をこわばらせた。
「綾子は、どこに?」
「知らないわ。この部屋で待っているのだけど、帰ってこないの」
 それから、厳しい口調で問いかける。
「私たちは結婚するのよね?」
 彼はうつむいた。眉間にしわを寄せて、ものすごく苦悩している。
 さすがに罪悪感がするわー。これ以上いじめたら、かわいそうよね。私は、ふっと優しくほほ笑んだ。
「彼女に恋しているの?」
「すまない」
「謝らなくていいの。真実を教えて」
 彼は顔を上げた。りりしいまなざしに、私は初めて彼に好感を持った。
「彼女を愛している。六年前からずっと」
 来た来た来た来た来た来た来た来たーーーーっ! 私は心の中で快哉をさけぶ。
「綾子を忘れたことはなかった。どんな女を抱いても、彼女のことが頭をよぎった」
 ちょっと待て。今、問題発言があった。
 綾子は恋人がいなかった風なのに、あなたは浮気していたのね。うわぁ、彼女が知ったら、一生根に持つわよ。
「君との結婚は、政略の一部だと割り切っていた」
「いいの」
 私はしおらしく首を振った。
「私は身を引くわ。綾子さんと幸せになって」
 瞳をうるませて、王子を見上げる。
「さようなら。すばらしい思い出をありがとう」
 話すたびに、こいつとは趣味が合わねぇと感じたのも、今となってはいい思い出だ。
「こちらこそありがとう。もう二度と綾子を離さない」
 そうそう、そうしてちょうだい。
「彼女が城に戻ってから、いつも不安だった。また俺の前から、いなくなりそうで」
 ふーん。そういうものかしら。
「本当は異世界まで、迎えに行きたかった」
 けれど、と言葉をにごした。
「拒絶されるかもしれないと思うと、怖くて動けなかった」
 おかげで、私と王妃殿下が迎えに行くはめになったのよね。綾子も、なぜ王子が来ないのか、悲しそうだったし。
「綾子を愛している。だが愛しているからこそ、臆病になってしまった」
 弱気ねぇ。強引にさらってくれば、かっこいいのに。
「その結果、君も傷つけた」
 そうか。彼が、恋愛小説はくだらないと言った理由が分かったわ。彼は六年前の綾子との別れに傷ついて、恋自体を否定した。
 なぞが解けてすっきりした私は、両手で顔を覆う。
「しばらくの間、ひとりにして」
 うっうっと泣き声を上げて、肩を震わせた。
「すまなかった」
 彼は再び謝罪する。足音が遠ざかり、扉が開いて閉まる音がした。私は、顔から手をそぉっと離す。王子はいない。
 やったーっ! こぶしを振り上げて小躍りした。ほぼ不可能と考えていたルーファス殿下との結婚回避、大成功!
 私って、とっても頭がいいのね。王子の初恋の女性を連れてきて、復縁させるなんて。賢くて、度胸もあって、その上、こんなにも美しい。おーほほほほほほ! と上機嫌で高笑いをする。
「彼女を愛している。六年前からずっと」
 きりっとした立ち姿を作って、王子のまねをした。あんなせりふは、小説でしか読んだことがなかったわ! 目の前で展開された恋物語に、私は興奮してぴょんぴょんと飛び跳ねた。
 くるくると回って、歌まで口ずさんで、そして気づく。扉のそばで、綾子とゲイルがぼう然としていることに。
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