花々のたくらみ

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  4 旅は道連れ世は情け  

 私とセーラは、メイド頭さんからお説教をくらっていた。部屋には私たちのほかに、この件に巻きこまれたメイドさんたち数人がいる。
「あなたが湯女のまねごとをした結果、殿下は鼻血を出して倒れられたのね?」
 メイド頭さんの厳しい追及に、私はごめんなさいとうなだれる。
「湯にあたって、のぼせたのだと思います」
 ルーファスは、長時間風呂に入っていた。
「いえ、あなたの裸を見て、興奮したのでしょう」
 くすくすと、ほかのメイドさんたちがしのび笑いをしている。穴があったら入りたい心地だ。
「お騒がせして申し訳ございません」
 私とセーラはひたすら謝る。
「綾子」
 私の頭に、メイド頭さんが声をかけた。
「殿下は、結婚なさるのよ」
「はい」
 私は顔を上げる。
「お相手はリヴァイラというお嬢様で、家柄、知性、美貌、すべてにおいて完璧なお方」
「けれど」
 私は反論した。
「私はルーファスをあきらめたくないのです。誰に迷惑をかけても譲れません」
 彼女は、にんまりと唇の両端を上げる。
「ならば、どんな男でも落とせる秘術を教えてあげるわ」
「へ?」
 私は口を間抜けに開けた。

 翌日、私はメイド服を着て、お茶とお菓子がのったカートを押して、廊下を歩いていた。
 メイド頭さんの秘術とは、手づくりのお菓子を作ることだった。
 私は朝から調理場で、セーラやほかのメイドさんたちと一緒に、クッキーとケーキを焼いた。さらにコックさんたちも手伝ってくれたので、やたらとおいしいものができた。
 私は、ルーファスの執務室のドアをノックする。
「お茶とお菓子を持ってまいりました」
 普段とちがう声音を作って、メイドのふりをして話しかけた。なんせ私だとばれると、彼は逃げかねない。部屋からの応答を待っていると、ドアが内側から開く。
「何をやっている、綾子?」
 不機嫌なオーラをまとって、ルーファスが登場した。いきなり作戦が失敗して、私はしばし言葉に詰まる。
「クッキーとケーキを焼いたから、食べてほしくて」
 愛想笑いで、ごまかした。すると、
「はい! 食べたいでーす」
 部屋から、男の人の声で返事がある。驚いていると、発言主らしい人物がやってきた。年はルーファスと同じくらいで、にこにこしている。
「初めまして、俺は」
 手を差し出してくるが、そんな彼をルーファスは背中で押しやった。
「自分の部屋へ帰れ」
 私に命令する。
「え? でも」
 私は留まった。
「ひとつぐらい食べない?」
 クッキーの入った皿を押しつける。
「ありがとう。おいしそうだね」
 知らない男の人、――仮名を太郎君としよう、が手を伸ばす。ルーファスは、彼の手をブロックした。
「部屋へ帰れ!」
 私に対してどなる。
「嫌!」
 私はふんばった。
「今は仕事中だ」
 ルーファスのせりふに、太郎君が肩をすくめた。
「いつもこの時間は休憩しているじゃないか。お菓子を食べながら」
 ルーファスは彼をにらんでから、私の方を向く。ちょっと情けない表情になって、
「あとで食べに行くから、部屋で待っていてくれ」
 小声で告げた。私は目をぱちくりさせる。それから、うん! と返事した。
「待っているね」
 からからからとカートを押して、自分の部屋へ戻る。メイド頭さんの作戦は、功をなしたようだ。ルーファスがわざわざ、私の部屋に来るなんて。私はうきうきと廊下を進んだ。
 が、はたと思い出す。今、私の部屋って、リヴァイラがいなかったっけ? ざっと血の気が引く。
 彼女は、結婚について口うるさい父親から逃げるために、私の部屋へ来たのだ。私が今日はすでに予定があると言うと、「本を読むわ」と笑ってくつろぎ始めた。
 リヴァイラとルーファスが、はち合わせするのはまずい。私はカートごと回れ右をした。場所を変えるように、ルーファスにお願いしなくては。
 廊下を戻っていると、太郎君とばったり出会った。
「やぁ」
 彼はにこやかに、手をあげる。
「さっきはあいさつもできなくてごめん。俺はゲイル。財務官を勤めている」
「初めまして、綾子です」
 私は彼と握手を交わした。
「少し話をいいかな?」
「少しだけなら」
 ルーファスは仕事中だと言ったし、すぐには私の部屋へ行かないだろう。
「立ち話も何だし」
 ゲイルは近くの部屋を手で示す。私はカートを押して、彼とともにドアをくぐって廊下から出ていった。
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