リオノスの翼　―少女とモフオンの物語―

　　３−２　　

　シフォンは手紙を読み終えて、ガトーにたずねた。
「レート王子はどこで、瞳とサラのことを知ったのでしょう？」
　ガトーは難しい顔をして、腕を組む。
「分からん。特に秘密にしていなかったからな」
　むしろ瞳の身元を知るために、積極的に近隣の村や街に聞いて回った。城からの手紙によると、レートはリオノスに育てられている少女に会いたいらしい。しかも彼はすでに保護区に向かって出発していて、遅くても一か月後には到着する。
「困りましたね」
　シフォンのせりふに、ガトーは同意した。瞳の人間不信や恐怖心は、最初のころに比べるとほぼなくなっている。しかし少女は、保護区からまったく出ていないのだ。何度かシフォンたちは村へ行こうと誘ったが、瞳は首を縦に振らなかった。
　サラから離れるのが怖いのだろう。瞳が保護区から出られるまで、まだ時間がかかるとシフォンたちは考えていた。
「どうすればいいかね」
　ガトーはため息を吐いた。瞳の交友範囲はせまい。保護区の人間に、――少女を愛し守ろうとする大人のみにかぎられている。レートはそうではなく、瞳がへりくだらなければならない相手だ。今の瞳では、王子に無礼を働く恐れがある。
　けれど王子の訪問は断れない。そもそも彼はもう旅立っている。そして幻獣保護区は、国からの援助で成り立っている。シフォンたちは王族に対して、とても立場が弱いのだ。
「誰かに瞳のふりをさせるか？　いや、彼女のようにリオノスのそばにいれる少女など、どこにもいない」
　ガトーはまゆねを寄せて、首を振る。
「待ってください」
　シフォンは、ものの見方をくるりと変えた。これは保護区にとって、いい機会でもある。昔は何千といて、国中の空を飛んでいたリオノスだが、いまや百匹あまり。
　しかも保護区に閉じこめられているから、リオノスを見たことのある者は少ない。老人と、保護区に勤める者と、そばに住む村の住民ぐらいだ。
　それをわざわざ王子は見に来る。リオノスと触れ合えば、彼はその話を城でするだろう。王子がしゃべれば、大勢の人が興味を持つ。
「集落全体をあげて、王子を歓迎しましょう。リオノスのすばらしさを、思う存分、教えてやるのです」
　シフォンは宣言した。ガトーは目を丸くしてから、心配そうに問いかける。
「だが、瞳はどうする？」
「予行練習をやりましょう。王子の代役を立てて、会話や振るまいの訓練をしてもらうのです」
　普段から瞳の話し方はていねいだが、相手が王族となれば、またちがう。いっそのこと彼がどんな質問をするか予想して、事前に答を用意しておけばいい。
「加えて、僕たちのうち誰かがそばについていれば、何とかなるでしょう」
　シフォンの熱弁に、ガトーは納得した。
「なるほど、いい考えだ。予行練習は集落全体でやろう。私たちも、王族の方を迎えるのは初めてだ」
　瞳が失敗しなくても、別のところでしくじっては意味がない。シフォンとガトーはうなずきあった。

　次の日から、王子が来るときに備えて、予行練習が始まった。シフォンの父に王子役を、母と祖父に従者役をやってもらい、集落のみんなで迎える。父は尊大な王子、神経質な王子、怒りっぽい王子と、いろいろ演じ分けた。
　その父の提案で、王子が保護区にいるときに山火事になったらどうするか、めったにないことだがリオノスたちが暴れたらどうするか、と非常事態の訓練もした。炊飯小屋では王子に出す食事を思案し、試食会を行う。さらに、すべての小屋を徹底的に掃除した。
　そしてこれは予想していなかったことだが、瞳は積極的に会話の訓練に応じた。
「私もみんなの役に立ちたいです」
　瞳は一生懸命にそう言って、食事作りや掃除も進んで手伝う。シフォンがサラの子どもたちにボール遊びを仕こむと、瞳がそれを改良させた。バレーボールという故郷の球技を取り入れたという。
　瞳が両腕を曲げて、黄色いボールをぽんと投げる。するとリオノスの子どもが頭で跳ね返し、戻ってきたボールを少女が伸ばした腕で飛ばす。そうやってボールが、ひとりと二匹の間をぽんぽんと弾む。青空の下で繰り広げられるこの光景は、とんでもなくかわいかった。
「愛らしいのぉ」
　王子役の父は、にこにこと笑い、
「でしょう」
　シフォンは鼻の下を伸ばした。そんな風に日々は過ぎて、本物の王子が保護区にやって来た。