リオノスの翼 ―少女とモフオンの物語―

戻る | 続き | 目次

  4−3  

瞳は,シフォンたちに目を向ける.
建国伝説が分からない.
するとレートが口を開いた.
「今,生存するリオノスは,空を飛ぶこともできないが,」
太古の昔,リオノスは大きな翼で空を飛び,なおかつ時空間を越えることもできたという.
過去へ未来へ飛び回り,一瞬のうちに国をまたいで移動した.
また,無数ある異世界へも行き来できた.
リオノスがそういった能力を発揮するとき,翼は虹を映して輝き,先触れとしてモフオンが現れる.
「モフオンですか?」
瞳の質問に,王子は快く答えてくれた.
「リオノスが小さくなった幻獣だよ.ただ実際に,モフオンの姿を目にした人はいない.」
よって空想上の生きものと考えられている,と説明する.
「君は見たかい?」
「いいえ,覚えていないです.」
大勢の人間に囲まれて暴行を受けていた瞳は,冷静に周囲を観察することはできなかった.
モフオンが出現したとしても,見逃しただろう.
「それは惜しいことをした.」
王子は,非常に残念そうだった.
「私は子どものころからモフオンが大好きで,モフオンにささげる愛の詩を四つほど作った.」
「すばらしいです,殿下.」
瞳はとりあえず,ほめたたえる.
「で,話は戻るけれど,」
彼は気をよくしたようだ.
「私たち王家の人間は,異世界から来た男の子孫だと伝えられている.」
「へ?」
瞳は声を上げた.
「男,――勇者はリオノスの背中に乗って,このテルミア大陸に現れた.」
レートは気にせずに語り続ける.
「彼は誰よりも雄雄しく,緑色の瞳は正義の怒りに燃えていた.」
彼はある部族の王に見こまれて,その勢力を拡大させるために戦った.
特に有名なのが,キクサ草原での騎馬戦である.
勇猛な一匹のリオノスにまたがり,――馬に乗っていたという説もある,彼は剣を振るった.
そうして築かれたのが,リオニア国だ.
国の名前は,勇者を連れてきたリオノスをもじっている.
だから本来ならば,リオノスはとても大切な幻獣なのだ.
瞳は口をあんぐり開けて,閉じることができなかった.
つまり異世界から人が来るのは,初めてではないらしい.
瞳が二人目,――もしかしたら王子たちが知らないだけで,三人目か四人目あたりかもしれない.
レートはくすくすと笑った.
「君は,現代の世に現れた初代国王.勇者の再来だ.」
こんなへんぴな田舎まで来てよかった,と言う.
「うわさを聞いたとき,もしやと思ったんだ.まさか本当に,異世界からリオノスに連れられてきたとは.」
彼は,テーブルに身を乗り出した.
「私と一緒に城に戻って,父や兄と会ってみないか?」
「え?」
想定外のせりふに,瞳は困った.
レートの父や兄とは,国王と世継ぎの王子である.
「君は建国伝説を体現する少女だ.ぜひ城に来てほしい.」
「身に余る光栄ではございますが,」
シフォンが,するりと言葉をはさむ.
「瞳はまだリオノスの子どもです.親から離すことはできません.」
「ばかなことを言うな.リオノスの乳でも飲んでいるのか?」
王子は笑った.
「そうではありません.けれど彼女は,リオノスと密なつながりを持っています.」
「君たちにとっても,いい提案ではないのか?」
彼は気分を害したらしい.
「瞳がいろいろな場所で『私は異世界から来ました.』と話せば,リオノスの地位は向上する.国民みんなが聖獣リオノスを思い出す.」
今の若者たちは建国伝説をないがしろにするからな,と吐き捨てる.
「勇者は異世界人ではなく部族の王の隠し子だの,部族一の武勇の者を王が引き立てただの,王家の血を軽んじるにもほどがある.」
シフォンは固い表情をして,しゃべらない.
彼の隣では,タルトが困りきっている.
「君たちは誰の善意で,リオノスの保護という何の役にも立たない仕事をやっていられるんだ?」
タルトが,場を取り直すように笑みを作った.
「もちろん国王陛下のおかげでございます.」
「兄は王位をつげば,幻獣の保護にはいっさい予算を割きたくないと口にしている.」
シフォンたちの顔から血の気が引く.
「あの,」
瞳は,会話に割って入った.
「私が城へ行くだけでいいのですよね?」
「承知しました,殿下.」
シフォンが強引に声を重ねる.
「私どもが責任を持って,彼女を連れて参ります.」
「わざわざそんなことをしなくていい.」
王子の機嫌はますます悪くなった.
「私は明日から城へ帰るから,その旅に瞳が加わればいい.」
「ならば私とロールも同行させてください.」
シフォンの申し出に,ロールはうんうんとうなずく.
「瞳は子どもですから,私たちがついていないと,とんでもない粗相をしてしまいます.」
彼女は言い募った.
「国王陛下や長男の王子殿下に,万が一の無礼があってはなりません.」
「必要なのは瞳ひとりだ.君たちの旅の面倒まで見たくない.」
レートは切って捨てる.
それから,瞳に視線をよこした.
「君はいつもこうやって守られているのか? 子どもというより赤子だな.」
心底あきれた様子だった.
戻る | 続き | 目次
Copyright (c) 2012 Mayuri Senyoshi All rights reserved.
 

-Powered by HTML DWARF-