リオノスの翼 ―少女とモフオンの物語―

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  4−2  

川辺には,丸テーブルといすと,日差しよけの大きなかさが用意されている.
キッチンワゴンの脇では,ロールとリームが頭を下げていた.
瞳はレートを,テーブルまで案内する.
王子の従者がいすを引いて,彼は着席した.
ついでに瞳のためにも引いてくれたので,礼を述べて座った.
ロールたちが手分けして,保護区で一番いいカップに,クトルテと呼ばれる茶を注ぐ.
これはクトーという花をせんじた茶で,ものすごく高価なものだ.
お茶受けには,クトレイズ.
マシュマロみたいな菓子で,ロールと彼女の娘たちによる,こんしんの作だ.
試食会でいっぱい食べたが,まったく飽きずに,今もよだれが出てくる.
そんな瞳の胸中は知らずに,王子は優雅に高級茶を口にした.
カップを皿に戻すと,薄紅色の両目で瞳を見つめる.
「故郷について話してほしい.」
「はい.」
答は用意している.
シフォンたちのアドバイスを受けて,作ったものだ.
「私は日本という国の,大阪府という地域で生まれ育ちました.」
当たりさわりのないことを語り始める.
南北に長い島国であること,桜や梅という花が咲くこと,白米の上に生魚をのせて食べる寿司という料理があること,何十階建てという背の高いビルがたくさんあり,それらよりも高い電波塔があること.
これらの話は王子の関心をひいたらしい.
「そのような国は見たことも聞いたこともない.」
興奮して,声を弾ませる.
「君は本当に遠い場所から,リオノスに連れられて来たんだね.」
「はい.」
「そしてわが国の名前も,隣国のウェトシー,ウェルルシア,リュトリザの名前も知らなかった.」
「申し訳ございません.」
恥じて,謝罪する.
瞳は社会科に限らず,成績がよくなかった.
高校はなんとか公立に合格できたが,母は娘の学校名を親せきや近所の人に伏せていた.
「いいのだよ.」
レートは満足げにほほ笑む.
「君は異世界から来たのだから.」
「異世界?」
思わず聞き返した.
彼は肯定するように,笑みを深くする.
瞳はぼう然とした.
リオニア国はヨーロッパかロシアの,日本ではあまり知られていない国と考えていた.
リオノスも,世界にはいろいろな珍獣がいると思っていた.
過疎化が進む田舎の村と説明されたので,ガスや電気がないことにも,なんとなく納得していた.
テレビやパソコンや携帯電話もないが,保護区の人たちはそれらが好きではなさそうで,疑問に感じなかった.
レートは,イギリスやモナコ公国の王子みたいなものと認識していた.
けれど,おかしいではないか.
車ではなく馬車に乗り,水道ではなく井戸で水をくむことは.
ここは異世界だ.
なぜ言葉が通じるのか,さっぱり分からないが.
「リオノスと会ったときのことを教えてくれ.」
瞳は,はいと返事をした.
「私は,通っていた学校から家に帰る途中でした.」
いじめにあっていたことは,シフォンにだけ打ち明けていた.
「一人きりで歩いていた私は,」
背後から突然おそわれた恐怖を思い出して,口をつぐむ.
しかし,ゆっくりと息を吐いて,心を落ち着かせた.
シフォンの作った模範解答を,唇にのせる.
「暴漢たちの集団におそわれました.」
羽交い絞めにされて,瞳は小さな公園に連れて行かれた.
そこで暴行を受けたのだ.
加害者は,十五名ほどの男女のクラスメイトだ.
いや,何人かは顔を知らなかったので,ちがうクラスの生徒もいたのだろう.
「私は逃げられず,暴力を受け続けました.」
公園は住宅街にあったが,住民たちは誰も助けず,また警察も来なかった.
「そのとき,リオノスが現れたのです.」
サラは一鳴きすると,大きな体でクラスメイトたちに突進した.
いじめっ子たちは,クモの子を散らすように逃げた.
瞳は逃げる体力がなく,地面にはいつくばったままで,リオノスを見た.
夕やみの中,黄金に輝く四本足の獣.
恐怖を覚えるより先に,青の瞳がとても慈悲深いことに気づいた.
背中には,一対の白い翼.
こちらに向かって歩いてくるとともに,翼の色は変化した.
春に咲く花のような黄へ,夏にしげる草のような緑へ,秋に実る果実のような赤へ.
チョウの羽のように繊細に,空にかかる虹のように華やかに.
「青になったり黒になったり紫になったり,一瞬一瞬で変わりました.」
そう言えば,こんなにもくわしくシフォンには話さなかった.
あのときは泣きながら,まったく要領を得ないしゃべり方で伝えた.
彼が優しくするので,ひたすら甘えてすがりついた.
「建国伝説だ.」
レートが感動してつぶやく.
「古い巻物に書かれている虹の翼とは,こういうことだったんだ.」
瞳は首をかしげたが,シフォンとタルトは,はっとした.
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