リオノスの翼　―少女とモフオンの物語―

　　４−４　　

瞳は一人でレートたち一行に加わり，城まで行くことになった．
王子の命令を断ることはできなかったし，瞳自身も行きたくなったからだ．
ちょっと城まで行って，国王や跡取りの王子と会話するだけなのだ．
瞳にだってできるだろうし，何よりシフォンたちの役に立ちたい．
が，レートたちが保護区から村へ帰った後，保護区では全員が全員，悲嘆にくれてしまった．
ロールは泣いて，瞳に抱きつく．
「あんな遠い場所に，あなたを一人で行かせないといけないなんて．」
城は首都クースにある．
クースは国の西部に位置し，海に面しているらしい．
瞳は大げさですよと言おうとしたが，次の彼女のせりふで凍りついた．
「クースまでは馬車で一か月もかかるのに．」
自分の認識の甘さに，やっと気づいた．
日本で，大阪から東京まで新幹線で行くのとはちがう．
馬車に乗って，一か月もかけて移動するのだ．
保護区に帰ってこられるのは，早くても二か月，三か月後だ．
ガトーとショコラが，瞳に皮の財布をよこす．
中には，リオノスの描かれた紙幣と硬貨がたくさん入っていた．
「持っていきなさい．」
そして，宿屋に泊まるにはいくらかかる，街と街の間を走る馬車に乗るには，手紙を出すには，食事をするには，と説明する．
「盗まれるといけないから，隠しておくんだ．」
お金の重みを，瞳は実感した．
次にガトーは，いろいろな薬を与える．
ロールとリームは，かばんに携帯食を大量に詰めた．
「クトーの実はそのままで食べられるわ．ライメンのめんと粉末スープは，なべで調理するのよ．そして乾燥させたクトレイズ．これは固いけれど，焼いたら柔らかくなるわ．」
瞳は顔面を蒼白にして聞いた．
ちゃんと覚えておかなければならない．
困ったことがあっても，保護区のみんなはいないのだ．
シフォンは，テーブルの上にクースの地図を広げる．
瞳には文字は読めないので，彼の説明を受けて日本語で書きつけた．
さらに何十通もの封筒も渡されたので，これらにもメモをつける．
「護身用の拳銃も必要じゃないか？」
ビターが提案したが，武器を身につけているのは逆に危ないとタルトに却下される．
二人は相談した末に，男ものの分厚いコートと帽子を瞳の両手にのせる．
「場合によっては，男の子のふりをするのだよ．このコートなら，寒さもしのげる．」
「ごめんなさい．」
瞳は大人たちに向かって謝った．
「簡単にレート殿下についていくなんて言って．」
「いいんだ．どのみち，王子の命令には逆らえなかった．」
シフォンが悲しそうに笑う．
「きっと君は城についたら，あちこちの集まりに連れて行かれる．」
そして，異世界やリオノスの話を強要されるのだ．
「おそらく，見せもののような扱いを受ける．」
彼は，苦しげに顔をゆがめる．
「つらいだろうが，我慢してくれ．」
瞳はレートに，異世界の服，――セーラー服を持っていくように言われていた．
服はスカートが切られてぼろぼろだと主張したが，彼は繕って着用するように命じた．
なので，女性たちは手分けして服を縫っている．
瞳も手伝って，針を動かした．
すべての作業が終わったときには，夜はどっぷりと更けていた．
真っ暗な山の中，瞳はシフォンにリオノスの巣穴まで送ってもらう．
巣穴に入ると，サラと子どもたちは眠っていた．
瞳とシフォンは，そこから離れた場所に腰を下ろす．
「僕はクースには，幻獣に関する学術学会で二回だけ行ったことがある．」
一回目は父親とともに二回目は一人で足を運んだと，彼は告げた．
「だからクースまでの道のりも街の地理も，だいたい分かっている．」
瞳の肩を抱き寄せる．
「できるだけ早く路銀を集めて，君を追いかけるよ．」
瞳は情けないぐらいに安心した．
「ありがとうございます．」
「ごめんね．」
シフォンは謝る．
「実は，君が保護区に来る少し前に，僕はクースまで往復したんだ．」
よって今は金がないと話す．
「こんなことになるなら，学会に出るよりも金をためておけばよかった．」
瞳は首を振った．
彼には，――いや，シフォンを含めて保護区の人々には世話になってばかりいる．
「私，必ず帰ってきます．」
彼の胸の中で，瞳は決意した．
「がんばります，けっしてくじけません．」
大きな手が，自分の頭をなでている．
「シフォンさんがくれた髪飾りは，お守りとしてかばんに入れておきます．」
「そうだね．でも何かあれば，あれは金に代えるんだ．」
「はい．」
瞳，と彼は呼びかける．
「顔を上げて．」
言われたとおりにすると，唇が重なった．
ゆっくりと顔が離れてから，キスされたと分かった．
ほおに熱が上がって，うつむく．
「不意打ちでごめん．君が好きだよ．」
ささやかれた耳までも，赤くなるようだ．
「私も，です．」
ぎゅっと彼の服をつかむ．
「じゃぁ，続きは，君が保護区に帰ってからやろう．」
シフォンは，そっと体を離した．
手を引いて，眠るサラのところまで連れていく．
「おやすみ，僕は集落に戻るから．」
「一緒に寝ないのですか？」
シフォンは優しくほほ笑んだ．
「怖い夢を見るかい？」
「いえ，最近はあまり見ません．」
「そうか，よかった．」
彼はランタンを持って，星空の下，ふもとの集落まで帰った．