ドラーヴァ王国物語 ―風の魔法使いと大地の娘―

戻る | 続き | 目次

  9 図書室にて  

 四年ぶりに、魔法学園で決闘が行われる。ルーカスとクルトが、私をかけて戦うのだ。決闘は明日、学園の校庭で行われる。そのとんでもない話を私が友人たちから聞いたとき、すでに話は学園中に知れ渡っていた。
 寝耳に水の話に私は驚き、あわててルーカスを探した。彼は私に、決闘のことを一言もしゃべらなかったのだ。決闘なんて危ないことをするとは、彼の家族も知らないだろう。ルーカスは図書室でイスに座り、のん気に本を読んでいた。私が近付くと、顔を上げる。
「アメリア、どうしたの?」
 くすんだ黄色の瞳を丸くする。私は隣の席に座って、小声でしゃべった。図書室で騒いではいけないのだ。
「クルト殿下からの求婚は断る。ルーカスは決闘をやめてちょうだい」
 私は、クルトからの求婚に心が揺れ動いていた。彼は魅力的で、十才の年の差は気にならなかった。父母も結婚に乗り気だった。
 その一方で、私の心にはルーカスが住んでいた。けれど私とルーカスは恋人同士ではない。私たちは、もの心がつく前からつい最近まで、姉弟のような関係だった。だから私の心は定まらなかった。
 クルトは私の気持ちを優先すると言って、求婚の返答をいそがなかった。でもその間に、こんなことになっていたなんて。私は自分が情けない。しかし今、私の心は定まった。私はクルトを愛せない。私の心にはルーカスがいるから。ところが、
「僕はクルト殿下に勝たなくてはならない」
 ルーカスは、かたくなに言い張った。私はちらりと周囲を見る。今日は朝から雨で、室内には生徒が多い。生徒たちは遠巻きに、冷やかすように私とルーカスを見ていた。明日の決闘も、おもしろい見世物だろう。
「私は、クルト殿下が勝っても負けても、彼と結婚しない」
 私は、はっきりと告げた。友人たちはルーカスとクルトの決闘に、はしゃいでいた。だが私は喜べなかった。強いあせりがあった。
「それでも、僕は彼に勝たないと負けたままだ」
 こういうときのルーカスは頑固だ。特に今はしゃべれるようになったので、きちんと自分の意志を伝えてくる。私がおろかにもルーカスとクルトをてんびんにかけている間に、事態は大きくなり、私の手を離れた。けれど私は厳しい調子で言う。
「何のために決闘するの? 私の気持ちは無視なの?」
 図書室なのに、声が大きくなった。ルーカスが負けたら、私はどうなる? クルトの性格を考えると、私の気持ちを無視して結婚を強要しない。だがまじめなルーカスは、私への愛をあきらめる。私はクルトと結婚することになるだろう。そんなことは嫌だった。
 ルーカスのトパーズ色の両目が迷う。自分の判断を迷っているのではない。なんと言って、私を説得するか考えているのだ。
「アメリアは、決闘の結果を気にしなくていい」
 ルーカスは静かにしゃべる。ならば何のために決闘するのだ? 私は怒って、彼をにらみつけた。ルーカスは分からず屋だ。つい去年までは、私の言うことを素直に聞いたのに。
「もう、いい。クルト殿下に会いに行って、決闘の中止をお願いする」
 私は言って、図書室から出ていった。
戻る | 続き | 目次
Copyright (c) 2019 Mayuri Senyoshi All rights reserved.
 

-Powered by HTML DWARF-