ドラーヴァ王国物語 ―風の魔法使いと大地の娘―

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  8 本当の戦い  

 アメリアが学園に戻ってきた。僕は毎日、浮かれてアメリアのそばにいた。彼女は思い悩むことが多かったが、それはメイソンが学園にいるから、仕方のないことだった。
 メイソンは、僕にもアメリアにもからんでこない。けれど、ふとしたときに視界に入って、不快な気分にさせる。早く卒業してほしかった。
 三月になると、寒さも和らぐ。僕は十六才になり、あと少しがんばれば、アメリアの背を抜かせそうだった。僕は彼女に、初めての恋をしていた。そんなある日の夕方、僕の家にクルトがやってきた。
「ようこそ、お越しくださいました?」
 突然、やってきた王子を、父も母も歓待する。だが顔には、なぜ? と書かれていた。僕も、クルトの訪問にびっくりだ。クルトは僕と話したいと言い、僕は彼と応接室でふたりきりになった。
 僕はソファーに座って、向かいの席のクルトを落ちつきなく見つめる。テーブルの上には、わが家で一番、上等のお茶とお菓子が置いてある。クルトは何の用があるのだろう。僕はひとまず、彼に礼を述べることにした。
「あなたのおかげで、アメリアは復学できました。また僕の魔法学園への入学にお口添えをいただいて、ありがとうございました。お礼を述べるのが遅くなり、申し訳ございません」
 僕は頭を下げる。ゆっくりとしか話せなかったが、クルトは待ってくれた。彼はほほ笑む。
「礼を述べることはない。当然のことをしたまでだ。今日はアメリアのことで、君に会いに来た。突然の訪問で、申し訳ない」
 彼は僕に合わせて、ゆっくりと話す。
「私はアメリアに、結婚を申しこんでいる」
 僕は言葉の意味を理解するのに、二秒ほどかかった。僕の耳は、またあまり聞こえなくなったのか、とさえ思った。クルトはまじめな顔で、さらに言う。
「彼女のご両親にも話は通した。彼らは喜んでいる」
 僕はとまどって、何も返事できない。でもアメリアは十七才で、そういう話があってもおかしくない。クルトとは十才の年の差があるが、こんなぐらいの年の差は、そこまでめずらしくない。
「ただアメリアが乗り気ではない。気になる男性がいるようだ」
 クルトはうとましそうに、僕を見た。僕は呼吸もできない。気になる男性は誰ですか? というおろかな質問はできなかった。クルトの目が、「お前はジャマだ」と告げている。
 アメリアは僕を好いている。こんな状況でなかったら、僕は喜んだ。僕もアメリアが好きだ。彼女と結婚したい。昔からそばにいる彼女を、誰かに取られたくない。
「身を引いてほしい。アメリアは姉のような存在と君が言えば、私は彼女と結婚できる」
 クルトは冷静だった。僕は動揺して、何も答えられない。僕とクルト、どちらがアメリアの夫としてふさわしいか。そんなことは、百人いれば百人がクルトと答える。
 僕はメイソンと決闘したけれど、メイソンに謝罪文を書かせたのはクルトだ。それにクルトがいなければ、決闘はただの乱闘騒ぎにされていた。
 アメリアが復学できたのも、彼女が学園から追い出された直後から、クルトやアメリアの両親が動いていたからだ。僕は何もしていない。
(クルトは優秀な王子で、大人で、アメリアを幸せにしてくれる。対して僕は、魔法で聴力を強化しているけれど、耳の聞こえない子どもだ)
 学園に入学してから半年がたち、おしゃべりは上手になった。けれど、普通の耳の聞こえる人たちほどしゃべれない。クルトみたいに弁が立つわけでもない。だからアメリアのことを思うならば、僕は身を引くべきだ。けれど震える声で告げた。
「お断りします。あなたこそ、身を引いてください」
 勝てない相手に、反旗をひるがえす。怖くて、たまらない。僕は気弱な人間だ。なのに、大それたことをしている。
「嫌だ。ひさしぶりに本気になれそうな女性に出会えたんだ。彼女を逃したくない」
 クルトは、わがままな子どものような言い方をした。だから僕には、彼の真剣さが伝わった。彼も僕も、引くことはできない。クルトはふっと笑った。楽しげで、好戦的な顔だった。
「手袋を投げる必要はない。私は血の気の多い人間だ。受けて立とうじゃないか」
 僕は覚悟を決めて立ちあがる。
「守りの クラフト 。宝玉の シュヴェーアト 。今、われの求めに応じて、輝け」
 ゆっくりと詠唱して、愛用の剣を出現させる。僕の気持ちに呼応して、風が動いた。魔法の風だ。クルトは満足げに、僕を見上げた。僕は彼の顔に、剣の切っ先を向ける。
「アメリアの愛をかけて、僕と決闘してください。今、すぐに」
 学園に戻ったアメリアは、浮かない顔をしていた。メイソンが原因ではない。クルトからの求婚に困っていたのだ。
 それに僕は、クルトに勝たなくてはならない。アメリアのためにメイソンに復讐したのは、僕でなくクルトだ。クルトに勝たなくては、僕はアメリアに愛を告げることができない。クルトは苦笑した。さらさらの金の髪が、風に揺れる。
「君は私以上に、血の気が多い。若くて、結構なことだ。だが今、すぐは無理だ。ここは君の家の応接室ではないか。――あの懐かしい魔法学園の校庭で、三日後」
 クルトは立ちあがる。彼には大人の余裕があった。
「待っているよ、ルーカス。もしくは、過ぎ去りし青春の日々か」
 彼は笑って、応接室から立ち去った。
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