ドラーヴァ王国物語 ―風の魔法使いと大地の娘―
10 最強の魔法使い
翌朝、決闘の日はよく晴れた。ただ校庭の土は、前日の雨のせいで濡れている。ところどころ、水たまりがあった。
「クルト殿下とルーカスが決闘するとは予想していなかった」
僕のそばで、ヘンリーが言う。彼は、クルトにケンカを売った僕に、あきれているようにも感心しているようにも見えた。
「十年くらい前に卒業した人たちを探して聞いたけれど、クルト殿下はケンカ好きで、ひどいときには毎月決闘していた。でも強いわけでなく、勝ったり負けたりを繰り返していたらしい」
ウィリアムが僕に教える。彼は探偵のように、クルトを調べていたのだ。
「じゃあ、ルーカスは楽勝かな」
スティーブが笑う。彼は一年生で、入学当初は僕のことを耳が聞こえないと言ってバカにしていた。だがメイソンとの決闘の後で、仲よくなった。今までごめんと、しっかり謝罪もされた。
クルトが強いわけではないことに、僕はほっとした。しかしウィリアムは困った顔で告げる。
「ただクルト殿下はケンカ慣れしていて、相手をけったり、校庭の石や砂を投げたり、すべての魔法を強制的に解除する魔法を使ったりしたらしい。何でもありの決闘だったみたいだ」
ヘンリーとスティーブは、げーっと顔をしかめた。
「まるで子どものケンカだ」
ケンカ慣れしていない僕は、不安になる。年の離れた兄は僕に甘くて、兄弟ゲンカすらほとんどしたことがない。校庭には、決闘を見学する生徒たちが集まっていた。全校生徒の半分くらいはいるだろう。その群衆の中、アメリアが怒った顔で立っていた。
僕の気持ちは縮こまる。アメリアは優しいが、一度、怒ると、なかなか機嫌を直さない。彼女は頑固だ。アメリアの隣には友人のリリーとミアがいて、心配そうな顔をしていた。
彼女たちの近くには、ジャクソンたち家族もいる。こちらは楽しそうに笑っていて、何も心配していないようだった。
「クルト殿下、遅くない?」
ヘンリーがまゆをひそめる。僕はあたりを見回した。クルトは、学園の教官たち三人に囲まれている。彼は卒業生だ。懐かしい話に、花が咲いているのだろう。
「クルト殿下を迎えに行く」
僕はヘンリーたちに言って、クルトたちの方へ向かった。ところが近づくと、予想外のことが起こっていた。
「在学時にはケンカケンカで大騒ぎして、卒業後もこんな問題を起こすとは、君は成長していない」
「ルーカスは、学園始まって以来の秀才だ。魔法の才能もある。彼に大けがをさせたら、承知しないぞ」
クルトは年配の教官たち、――おじいさんやおばあさんたちに囲まれて、説教されている。厳しくて有名な教官たちだ。クルトは彼らに、頭が上がらないようだった。
僕は、どうしようと足踏みする。クルトに、はじをかかせたくない。見なかったふりをして、立ち去ろう。僕が回れ右すると、教官たちが僕に気づいた。
「ルーカス! 新年のパーティーといい今回といい、君はとんだ問題児だ」
「新年のパーティーの件は目をつぶったが、今回はそうはいかない。相応の罰を覚悟したまえ」
説教の矛先が自分の方にも飛んできて、僕はあわあわした。クルトはぱっと笑顔になって、僕のそばまで飛んでくる。
「私たちは大切な決闘がありますので、失礼します。治癒魔法が得意なジャクソンが、魔法薬がたくさん持って来ています。よって、けがに関してはご心配なく」
クルトはごまかし笑いを浮かべて、僕の背中を押して、教官たちから逃げる。僕は少しあきれながら、クルトに背中を押されて歩いた。
「その制服、懐かしいな。私はいつも着崩していたが、君はちゃんとリボンタイをつけている」
クルトはほほ笑む。僕の背中を押すのをやめて、隣に並んで歩きだした。彼は小さな声でしゃべる。
「昨日、アメリアが城までやってきて、決闘の中止を頼んできた」
僕は、彼の顔を見上げた。クルトは僕より背が高い。体も大きい。腕力も、僕よりずっとあるだろう。十才以上の年の差は大きかった。
「私が勝っても、結婚を強要しない。君は決闘の結果に左右されなくていいと告げたら、『ならばなぜ決闘するのだ?』とますます怒られた」
クルトはまゆを下げて、情けなさそうに笑う。
「アメリアから聞いたが、君も似たようなことを言ったか?」
「はい」
僕は肯定した。クルトはまじめな顔になって黙る。それから低い声でしゃべった。
「私が勝ったら、君はアメリアをあきらめてくれ。私はいい加減、幸せな結婚がしたい。逆に君が勝てば、私は彼女から手を引く。外国へでも行って、別の女性を探すさ」
僕とクルトが校庭の真ん中あたりに着くと、僕たちの周りから人が引いていった。クルトは片手を上げて、呪文を唱える。
「銀に輝く
星
。わがドラーヴァ王国を守る
月
。今、約束されし王の血脈に
力
を与えよ」
ゆっくりと水の塊が現れて、長剣に変化する。その剣を、クルトはしっかりとつかんだ。エメラルドの瞳は真剣で、対峙する僕は怖いくらいだ。
(守りの
力
。宝玉の
剣
。今、われの求めに応じて、輝け)
僕は無詠唱で、剣を出現させる。僕とクルトは、たがいに剣を構える。校庭は、しんとなった。みんな息をつめて、僕とクルトを見ている。緊張して、心臓がどきどき鳴っている。けれど平静でいられる。こんなにも周囲から注目されているのに、僕は大丈夫だ。
「決闘の合図はありますか?」
僕は固い声で、クルトにたずねる。何か宣言した方がいいのだろうか。
「ない。好きなタイミングで来たまえ」
クルトはにやりと笑う。
「行きます」
僕は言った。
(地をはう
炎
。赤き
竜
。われのために、今、
道
を切り開け)
クルトの足もとが燃え上がる。僕は風魔法の次に、火の魔法が得意だ。風と火は相性がいい。僕はクルトが炎を避けて、後ろに下がることを期待した。だが彼は勇敢にも、前に飛びだしてきた。僕との距離を一気に詰める。僕は距離を保つために、下がった。
(母なる
大地
。豊かな土壌。今、永遠のくらやみで、わが
敵
を捉えよ)
クルトの足もとに、落とし穴が出現する。しかし彼は何らかの魔法による攻撃が来ると予測していたらしく、穴ができる前に横に飛んで避けた。僕に向かってくる。
(
自由
を歌う
風
。とらわれぬ
心
。今、このときのみ、われに従え)
強風を起こし、クルトの速度を弱める。彼は顔をしかめたが、すぐに彼の剣が僕を襲った。重い斬撃を僕は受ける。クルトは楽しそうに笑った。
「いかさまをしていると言っていいほどに、無詠唱魔法は強力だ。君は学園最強の魔法使いだ」
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