ドラーヴァ王国物語 ―風の魔法使いと大地の娘―

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  5 決闘開始!  

 僕とヘンリーとウィリアムは、わざとらしくメイソンと恋人の前を横切った。これでメイソンは、僕にからんでくるだろう。……と思ったが、彼は何も言ってこない。仕方がないので、再度メイソンたちの前を通る。それでもメイソンは僕たちを無視する。
「どうする?」
「どうしよう」
 想定外の事態に、僕たちはこまった。とりあえず、あと一回やろうと決めて、またメイソンたちの前を歩く。そのときには僕たちは悪目立ちしていて、周囲の注目を集めていた。さすがにメイソンが怒って、声をかけてくる。
「さっきから何だ! 俺を誰と思っている?」
 やった! 僕は喜んで、メイソンを指さした。
「メイソン王子!」
 それから手袋を、ズボンのポケットから取り出す。
「一年生のガキどもが、俺をバカにしやがって。学園創立以来の秀才と言われて、いい気になっているのか? これ以上、俺を侮辱したら承知しないぞ」
 メイソンはどなる。恋人の女性は、そうだ、そうだ! と言わんばかりに、僕たちをにらんだ。一双の手袋を持った僕は、勇敢な騎士のように一気にさけぶ。
「よくも俺たちを侮辱したな。決闘を申しこむ! 俺が勝ったら、アメリアに謝ってもらうぞ」
 「決闘の日時は、そちらに任せる」が抜けた。でも僕は大勢の前で、長いせりふをしゃべれた。僕は感動して立ち震える。ヘンリーとウィリアムも笑顔でほめる。
「発音も速度もよかったぞ」
「練習のかいがあった。次は手袋だ」
 僕たちは大喜びした。メイソンと恋人は、ぽかんとしている。恋人の女性が、とまどったようにつぶやいた。
「会話がかみ合っていない。いったい何なの?」
「決闘の日時は、そちらに任せる」
 僕は抜けたせりふを言って、手袋を投げた。手袋はガツンと音を立てて、メイソンの顔に命中する。しまった、重りの石の音だ。ヘンリーとウィリアムも、げっと顔をしかめる。多分、メイソンは痛かった。彼は体を震わせて怒り出す。
「俺にケンカを売っているのか?」
 陰険な目つきで、僕をにらむ。メイソンの恋人は、信じられないものを見るように僕を凝視する。僕はとりあえず、もう片方の手袋を投げた。
自由 フライハイト を歌う ヴィント 。とらわれぬ ヘルツ 。今、このときのみ、われに従え)
 無詠唱で、得意の風魔法を使う。手袋はメイソンの胸へ飛んでいく。しかし風が強すぎたらしく、
「うわぁ!?」
 メイソンは風にあおられて尻もちをついた。手袋は彼の胸に着いたが。僕たちを囲む群衆から、押し殺した笑い声が漏れる。僕は、はずかしくなった。ヘンリーたちも顔を赤くしている。そしてはじをかかされたメイソンは、激怒していた。両目がつり上がっている。
「お前ら……」
 まずい事態だ。僕とヘンリーとウィリアムは、おろおろした。メイソンは決闘してくれないかもしれない。決闘時の決めぜりふも練習しているのに。ここ数年、決闘は流行遅れで、誰もやっていないと聞く。決闘がはやったのは、十年くらい前だ。
「ルーカス、何をやっているの?」
 アメリアが僕を案じて、やってくる。二年生の先輩たちも一緒だ。
「ふざけやがって!」
 メイソンは立ちあがって、片手をかざして呪文を唱える。
「銀に輝く シュテルン 。血を欲する モーント 。今、わが怒りにより、出現せよ」
 メイソンの右手に、三日月のように湾曲した剣が現れる。アメリアが驚いて、悲鳴を上げた。僕はあわてて、彼女を背後にかばう。
 ヘンリーとウィリアムは真っ青になって、一歩下がった。メイソンの恋人は、そそくさと逃げていく。周囲の群衆からも、さけび声が上がった。
「今、この場で決闘だ!」
 メイソンは僕に、剣のさきを向けて宣言した。パーティー会場は大騒ぎになる。
「アメリアは離れて」
 僕は彼女を突き飛ばすようにして、もっと後ろへやった。アメリアはよろよろと、五歩ほど下がった。ところが、
「ルーカス、危ない!」
 彼女は顔を青くして、僕のもとへ戻ろうとする。ほかの二年生たちが、体を張ってアメリアを止めた。ヘンリーとウィリアムはうろたえて、足踏みする。メイソンはにやけた笑みを浮かべて、僕に向かって走ってくる。
(守りの クラフト 。宝玉の シュヴェーアト 。今、われの求めに応じて、輝け)
 僕の右手に、使い慣れた剣が現れる。メイソンがぎょっとする。彼はあせって剣を振り上げ、振りおろそうとした。だが動作が遅い。僕はメイソンの懐に入り、彼の首に剣を軽く当てた。メイソンの動きは止まる。会場は、しんとなった。
「あの主席の一年生は、剣も使えるのか」
 誰かが感心したようにつぶやくのが聞こえた。アメリアは青空の瞳に、心配という雨雲を浮かべている。けれど、
「僕の勝ちです」
 僕は低い声でしゃべった。誰がどこからどう見ても、僕の勝利だ。僕さえその気になれば、メイソンを殺せる。アメリアを侮辱して傷つけた男を。メイソンは苦しげにあえいだ。
「この決闘は無効だ。立会人がいない。それに……」
 彼は言いわけを探している。負けを認めたくないのだ。僕はメイソンをにらんだ。
「ひきょうです。あなたはさきほど、『今、この場で決闘だ』とおっしゃった」
 ヘンリーがメイソンを責める。ヘンリーとウィリアムの手にも、魔法で出した剣があった。状況によっては、彼らも戦うつもりだったのだろう。メイソンはバカにしたように笑う。
「お前の聞きまちがいだ」
 僕は、どうしようと迷った。ヘンリーたちは、くやしげに歯がみする。メイソンは王子だ。彼がシラを切れば、誰も何も言えない。それに今の騒ぎは決闘より、ただの乱闘に近い。メイソンの言い分は一理あるのだ。そのとき、
「決闘の立ち会い人は、私だ。もしくは、この場にいる全員でもいい」
 知らない男性の声が、群衆の中からした。群衆がさっと割れて、ひとりの男性が現れた。二十代後半で、さらさらの金髪はシャンデリアの明かりで輝いている。瞳は、エメラルドのような緑色。
「クルト殿下」
 アメリアが目をまるくして、声を上げる。スカートを両手でつまんで、頭を下げた。僕も驚いて、メイソンから剣を引く。メイソンは嫌そうに、自分の兄であるクルトを見ている。クルトは淡い笑みを浮かべて、僕たちに近づいてきた。
「君は、無詠唱魔法の使い手か?」
 クルトが好奇心をにじませて、僕にたずねる。
「はい。学園で教わりました」
 僕はていねいに答える。僕はクルトと会うのは初めてだ。しかし彼の名前は知っている。僕が魔法学園に入学できたのは、彼の口添えがあったからだ。また彼はアメリアの復学にも力を貸している。クルトはふっと笑った。
「こんなにもたやすく詠唱なしで魔法を使う者は、初めて見る。しかもまだ、十代の若者。将来が楽しみ、――いや、すえ恐ろしい」
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