ドラーヴァ王国物語 ―風の魔法使いと大地の娘―

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  4 新年のパーティー  

 僕が魔法学園に入学してから初めて、年が明けた。毎朝のように、霧みたいな雨が降って寒い。昼間でも、空はくもって薄暗い。それでも僕はわくわくして、城の大きな玄関の前で立っていた。
 アメリアが馬車に乗ってやってくるのを待っているのだ。そばには友人のヘンリーとウィリアムがいる。僕たちは、一張羅のフロックコートに身を包んでいた。初めての新年のパーティーにどきどきしていた。
「毎年、この集まりで恋人ができる人が多い」
 ウィリアムが真剣な調子で言って、僕たちの気分をさらに浮かれたものにした。新年のパーティーは、城の大広間で行われる。魔法学園の生徒、八十三人全員が参加する、華やかな会合だ。
 卒業生もやってくる。たいていは、去年やおととしに卒業した若い男女だ。在校生と卒業生を合わせて、百二十人程度が集まるらしい。薬草園のジャクソン夫妻のもとにも、招待状は届いた。彼らは十年くらい前の卒業生で、パーティーには欠席するようだ。
「ただ俺たちには、重要な使命がある」
 ヘンリーが重々しくしゃべり、僕とウィリアムはうなずく。ヘンリーとウィリアムは、僕と一緒にメイソンによる婚約破棄を間近で見ていた。あこがれの女性が傷つけられて、泣いている。それを無力に眺めるしかできない。そんな屈辱を僕とともに味わったふたりだ。
 さらに僕の場合、僕のせいでアメリアは婚約破棄された。僕がうかつだったのだ。僕はアメリアにも彼女の両親にも、顔向けができなかった。なのにアメリアの父母は、落ちこむ僕を気づかって、アメリアは休学中と教えた。
(アメリアが学園から去った後、僕とヘンリーとウィリアムはメイソンに復讐することを誓った)
 そしてその復讐を、一年生は誰も止めなかった。僕を、耳のよく聞こえない人間とバカにする者も、そうだ。一年生たちはみんなアメリアが好きなのだ。
 僕たちがそわそわしながら待っていると、アメリアが馬車に乗ってやってくる。アメリアだけでない、二年生のリリーとミアも一緒だ。彼女たちは仲よく、馬車から下りてきた。
「ルーカス、それにヘンリーとウィリアムも。三人とも、お迎えをありがとう」
 アメリアが花のように笑いかける。冬に咲くパンジーだ。僕たちは全員、笑顔になった。
「アメリアさん、お久しぶりです。そのドレス、とてもきれいです。もちろん、リリーさんとミアさんも」
「この髪型、今、はやりのものですよね。俺の姉もよくしています」
 ヘンリーとウィリアムが口ぐちに、女性たちをほめる。ゆっくりしかしゃべれない僕は出遅れた。けれどアメリアはきれいだ。スカートのふくらんだ薄紅色のドレスは、バラのようだ。ネックレスのサファイアは、アメリアの青空みたいな瞳に合っている。
「アメリアはきれい。花のように、空のように」
 僕はつっかえつっかえ、しゃべった。アメリアはちょっと驚いた後で、顔をほころばせる。
「ありがとう。ルーカスもとても素敵。アイリスの花のように、りんとしている。さぁ、私をエスコートしてちょうだい」
 アメリアは僕の腕に、自分の手をからませた。新入生歓迎パーティーのときは、僕はアメリアに甘えてばかりいた。だが今回はちがう。僕が彼女を守る。
 アメリアは、僕の姉でも母でもない。ひとりの美しい女性だ。彼女の白い手は、僕をどきどきさせた。香水の香りにも、胸が高鳴る。アメリアは普段は、優しい土の香りか、甘いお菓子のにおいがする。
 こんなうれしいような、はずかしいような気持ちは初めてだった。僕は勇気を奮い起して、彼女をエスコートする。ヘンリーがリリーを、ウィリアムがミアを連れて歩く。僕たちは意気ようようと、大広間に向かった。
 パーティー会場に入ると、アメリアは二年生からも一年生からも歓迎を受ける。三年生もぽつぽついた。
「アメリア、学園に帰ってきて」
「君が管理していた薬草の畑や花壇は、二年生みんなで世話をしている。だから安心して、戻ってきてほしい」
「あなたがいないとさびしい。それに、畑にどれだけ水をやっていいのか分からなくて困っている」
 アメリアは一人ひとりに、ていねいに返答する。僕とアメリアは、七、八人ほどの人に囲まれて、身動きが取れない。ヘンリーたちは「また後で」と言って、僕たちから離れた。
 アメリアは同級生たちに請われて、冬季におけるマーガレットの管理などを説明する。シャンデリアの明かりの下、僕は首をきょろきょろさせた。
 メイソンが恋人の女性と大広間に入ってくる。メイソンの恋人は三年生で、去年の夏からの付き合いらしい。メイソンはアメリアと婚約中だったのに、隠れて浮気していたのだ。ひきょうな王子を、僕はにらみつける。
 僕とヘンリーとウィリアムの報復作戦はこうだ。メイソンが、アメリアに会場から出ていけとか、僕に対して耳の聞こえないやつとかバカにする。そのとき僕が、大きな声でしゃべるのだ。
「メイソン王子!」
 殿下と敬称をつけずに呼ぶ。僕を含め一年生はみんなメイソンが嫌いなので、殿下と呼ばない。
「よくも俺たちを侮辱したな。決闘を申しこむ」
 誰が始めたことか知らないが、魔法学園には決闘という伝統がある。学園の校庭で、大勢の人たちが見守る中、一対一で戦うのだ。魔法も剣も、なんでもありの真剣勝負だ。
「決闘の日時は、そちらに任せる。俺が勝ったら、アメリアに謝ってもらうぞ」
 このせりふを、僕はものすごく練習した。ヘンリーとウィリアムに付き合ってもらって、一日三十回くらいさけんだ。彼らの助言に従って、一人称は男らしい俺にした。
 そして手袋をメイソンに投げつける。このために僕は、新品の手袋を用意した。メイソンの胸に手袋が命中するように、手袋に重りの小石をしこんでいる。
 僕は新入生歓迎パーティーで、メイソンに手袋を投げつけるべきだった。なのに何もできず、おろおろするだけだった。あのときの屈辱を今、はらす。
(さぁ、来い、メイソン。返りうちにしてやる)
 アメリアが学園からいなくなった後、わざわざ一年生の教室までやってきて、僕に退学をせまったじゃないか。最近では、――十一月の試験後ぐらいからは、メイソンは僕をいじめるのに飽きたらしく、何も言ってこなくなったが。
 僕は、メイソンがそばに来るのを待った。アメリアは畑のジャガイモについて話すのにいそがしくて、メイソンに気づいていない。メイソンは僕とアメリアを避けて、会場の奥へ去っていった。
 予想外の出来事に、僕はあんぐりと口を開ける。メイソンがからんでこないなんて、どうすればいい。どうやって手袋を投げればいい? 僕はこまった。
「アメリア。僕は用事がある」
 僕は彼女に話しかける。
「分かった。私はここにいる。いってらっしゃい」
 アメリアはにこっと笑って、僕の腕を離した。アメリアを囲んでいる二年生の先輩たちが、「アメリアは私たちで守るから、いいよ」と視線でメッセージを送ってきた。僕はちょっとだけ、くやしい。けれど僕には、やるべきことがある。
 僕はアメリアから離れて、メイソンを探した。会場は広く、人も多いので、なかなか見つからない。でも途中でヘンリーと、次にウィリアムと合流できた。ウィリアムはささやく。
「メイソン王子はあっちだ。会場の隅の壁際に、こっそりいる」
 ウィリアムは情報を集めるのが得意だ。僕と逆で、耳がいい。
「なぜそんな目立たない場所に?」
 ヘンリーはまゆをひそめた。僕とウィリアムも首をかしげる。仕返し大作戦のためには、メイソンは会場の中央で、いばっていてほしいのに。ヘンリーはちょっと悩んでから、勇ましく言った。
「会場のはじでもいいから、やろうぜ」
 彼は僕たちの中で一番、行動力がある。作戦開始だ。僕たち三人は、こぶしをぶつけあった。
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