ドラーヴァ王国物語 ―風の魔法使いと大地の娘―

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  3 退学処分の真相  

「アメリア。僕の分も薬草茶を頼む」
 ジャクソンがのんびりと台所へ入ってきた。私は快諾して、お茶をポットからカップへそそぐ。
「手伝う」
 ルーカスが手を出そうとする。私は彼の手をとどめた。
「あなたは大切なお客様。王都郊外の薬草園まで、会いに来てくれてありがとう。疲れているでしょう? 私が用意する」
 私はほほ笑む。ルーカスは納得して、手をひっこめた。私はみっつのカップと、クッキーとタルトののった皿をトレイにのせる。
 さらに乾燥させたイチゴの入ったびんも、戸棚から取り出す。私はイチゴをひとつつまんで、ルーカスに手渡した。彼はイチゴを食べて、にこにこと笑う。
「おいしい。ありがとう」
 ジャクソンは、ルーカスのゆっくりした話し方を疑問に思っているだろう。しかし何も態度に出さなかった。彼は大人だ。まれにルーカスのしゃべり方をバカにする人はいるが、当然ながらジャクソンはちがう。
 私たちは隣の部屋、――小さな食堂に向かって歩く。短い道中、ルーカスが緊張した様子で口を開いた。
「アメリアに、お願いがある」
「何?」
 私はたずねる。
「来月、王城で行われる新年のパーティーに、僕と出席してほしい。僕がアメリアをエスコートする。あなたを守る。絶対にはじをかかせない」
 私は驚いて、足を止めた。感動して、ルーカスを見つめる。彼はまじめな顔で、私の答を待つ。ジャクソンは気まずそうに髪をかいた。
「僕は、おじゃまものかな?」
「ルーカス、本当にしゃべるのが上手になって。とても素敵だった」
 私は満面の笑みで、彼をほめる。さきほどルーカスは、長い言葉を速いペースでしゃべった。声も大きくて、発音もよかった。ジャクソンが、がくっとこける。ルーカスはうれしそうに、ふにゃっと笑った。
「がんばった。緊張した」
 彼はほっとして、息をはく。
「それにさっきのせりふ以外も、ルーカスはしゃべるのがうまくなった。ルーカスのお母様もお父様もお兄様も、喜んでいらっしゃるのではない?」
「うん。ほめてくれる」
 彼らはみな、末っ子のルーカスを愛している。ルーカスの素直な気性は、家族たちの愛情のたまものだ。ジャクソンは拍子抜けして、ほおをかいている。
「パーティーは?」
 ルーカスはまじめな顔に戻って、たずねてきた。私は笑みを消す。
「ごめんなさい。パーティーには行けない。私は魔法学園の生徒ではないから」
 私はトレイを持って、食卓へ向かった。新年のパーティーは、魔法学園の生徒全員が参加する一年で一番大きな集まりだ。卒業生たちも出席する。若い男女の出会いの場でもあるのだ。
 私は前回、メイソンにエスコートされて、ダンスを踊った。そのころは婚約したてで、彼は優しかった。今となっては、苦い思い出だ。私は食卓の上に、お茶やクッキーなどを並べる。ジャクソンはお茶を飲むと、邸に戻ると言って、食堂から出ていった。
 ルーカスは考えこんだ様子で、菓子を食べる。彼は、私の作る菓子が大好物だ。ルーカスは考えがまとまったらしく、しゃべり始めた。
「アメリアの両親が教えてくれた。アメリアはまだ生徒だ」
 私は目をパチクリさせる。
「なぜ? 私は放校されたのでしょう?」
「アメリアは休学中になっている。アメリアの両親は学園の教師たちと相談して、休学手続きをした。メイソン王子や学園の生徒たちは、あなたが退学したと思いこんでいるけれど」
 私も自分は退学したと思っていた。ルーカスはいっぱいしゃべっているので、大変そうだ。だが一生懸命に口を動かす。
「アメリアの両親は、メイソン王子が学園からいなくなった後で、つまり六月に卒業した後で、あなたを学園に戻そうとしている」
 すべて知らない話だった。情けないことに、私のことに、私よりルーカスの方がくわしい。
「ただアメリアが学園に戻るかいなかは、あなたの気持ちを優先するとおっしゃっている。アメリアが薬草園を気に入っているなら、戻る必要はない」
 父母の優しさと学園の先生方の気づかいが、私の心に染みわたる。私はいつも、頼りになる大人たちに守られている。けれど私は心配してたずねた。
「ありがとう。でもメイソン殿下の許可なく、私を学校に戻していいの?」
「大丈夫。この計画には、第二王子のクルト殿下がかかわってる」
 クルトは立派な人だ。私はメイソンの婚約者だったので、クルトと何度か会ったことがある。クルトは二十七才で、すでに国政にかかわり、外交面で大きな成果を上げている。弁の立つ王子で、外国語もりゅうちょうにしゃべる。
 私たちのドラーヴァ王国は、内陸部にある小さな国だ。六つの国と国境を接している。周辺諸国とうまくやることが、この国にとって重要なことだ。ドラーヴァ王国は他国との対話や文化面での交流を重視し、五十年以上、平和を謳歌している。
 そしてルーカスが魔法学園に入学できたのも、クルトの口添えがあったからだ。
「聴力強化の魔法で耳は聞こえるのだろう? 授業を受けるのに問題ない。入学を許可しない理由はない」
 なので私もルーカスも、クルトに感謝していた。しかし今回の件で、もっと感謝することになるだろう。
「ありがとう。学園に戻れるのはうれしい」
 私はほほ笑んだ。ルーカスは、うれしそうに笑いかえす。それから真剣に話す。
「新年のパーティーに出てほしい」
 彼はたった数か月間見ないうちに、ずいぶんとしっかりした。逆に私は婚約破棄の後、薬草園に閉じこもっていた。現実から、メイソンから逃げていたのだ。
「私のかわいいルーカス。私は誰よりもきれいなドレスを着て、パーティーに出席する」
 ルーカスの顔がぱっと明るくなる。私は学園に戻りたい。メイソンに負けたくないのだ。
「それはそうと、もう夕方だし、ジャクソンたちにお願いして、ルーカスも夕食を一緒に食べましょう」
 私はてきぱきとしゃべって、ルーカスは従順にうなずく。
「日も暮れるし、邸に泊まってから、家に帰ればいい。私の部屋の隣にある客室が空いている。私が掃除するから、そこに泊まってちょうだい」
「ありがとう。僕も手伝う」
 ジャクソンは私と似て世話焼きなので、異存はないだろう。私とルーカスは小屋を出て、馬にニンジンをたっぷりやってから、邸へ向かった。
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