ドラーヴァ王国物語 ―風の魔法使いと大地の娘―

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  2 薬草園での穏やかな暮らし  

 一方的な婚約破棄、そして王子としての権力を利用した学園からの追放。それらから二か月後、私は王都郊外にある薬草園に住みこみで働いていた。
 十二月だけど、今日は過ごしやすく、あたたかかった。ひさしぶりに私も草木も、太陽の光をたくさん浴びれた。学校を退学した直後は、ひどく落ちこんだ。年齢が近いから、特に相手がいないから、という理由で国王が決めた婚約だった。
(けれど私はある程度、メイソンが好きだった)
 自分勝手な彼を私が注意してあげなくちゃ、という不要な親切心も持っていた。そんな私を、メイソンは煙たがっていたのだろう。
 学園から去った後で知ったが、メイソンは浮気をしていたらしい。私と別れる機会をうかがっていたのだ。私はそうと知らず、メイソンに婚約破棄の口実を与えた。
 冬の太陽が西に落ちていく。私は広い畑で、薬草の世話をしていた。セージ、ローズマリー、タイムといった定番のものから、めずらしいものまである。私は土いじりが好きだ。学園内の畑や花壇も、私がほとんど管理していた。
「アメリア」
 薬草園の主であるジャクソンが、畑の方へやってきた。彼は二十九才の男性で、二児の父でもある。優秀な治癒魔法の使い手だ。ジャクソンも彼の妻も、魔法学園の卒業生だ。
「突然だけど、君に会いたいという男の子が来た」
 ジャクソンは心配そうに言う。彼は私の父母から聞いて、私が学園を辞めた事情を大まかに知っているのだ。私の両親はいまだにメイソンに対して怒っている。詳細は知らないが、魔法学園にも城にも足を運んでいるらしい。
 でも私はメイソンと関わりたくなくて、薬草園の中に閉じこもっていた。大勢の前ではじをかかされて、何もかもが嫌だったのだ。両親はそんな私を、そっとしておいてくれた。手紙のやり取りはしているが、たがいにたわいのないことしか書かない。
 もの言わぬ草花と、優しいジャクソンたち家族に囲まれて、私は毎日、魔法薬を作ったり得意の菓子作りに精を出したりしていた。ただ魔法薬を作っていると、学園に戻りたくなる。まだ学びたかった。
「こんな遅い時間に、誰かしら?」
 私は首をかしげる。この前は学校が休みの日に、友人のリリーとミアが薬草園まで来た。私を心配して、元気づけるために来たらしい。また友だちが来たのかもしれない。
「一年生のルーカスと名乗っている。魔法学園の制服を着ている。学校が終わって、帰宅後すぐに馬を走らせて、ひとりでここまで来たそうだ」
「ルーカスなの!?」
 私は喜んだ。学校をやめて、私の心配ごとはひとつだった。耳の不自由なルーカスが、楽しく学園生活を送れているのか。彼は優しいが、気が弱い。しかも入学後すぐに、私の婚約破棄に巻きこまれた。
 私が学園から去るとき、彼は泣いていた。私はルーカスを守るつもりだったのに、学校から追い出された。
 けれどリリーとミアは、ルーカスはとても優秀で、入学してから最初の試験でも学年主席になったと言った。筆記試験も実技試験も、過去最高の点数だったらしい。そしてリリーたちは、
「ルーカス君と話す機会があれば、薬草園に遊びに行くように勧めるわ」
「アメリアが会いたがっていると伝える」
 と、請け負った。彼女たちは今日、学校でルーカスと話したのだろう。そしてルーカスがやってきた。
「私の弟のような子なの。家が近くて、ものごころがつく前から、彼と一緒にいた。しかも今、ルーカスは学年主席らしいの」
 私は母親のように自慢げにしゃべった。ジャクソンはほほ笑む。
「それはすごい。将来が楽しみだ」
「ルーカスは今、どこに? 邸ではなく、小屋の方かしら?」
 私が問うと、ジャクソンはうなずく。
「邸は子どもたちが騒がしいから、小屋の方に案内した」
 ジャクソンの子どもたちは、三才と六才でかわいいさかりだ。
「ありがとう」
 私は小走りで小屋へ向かった。小屋とは言っても、台所も食卓もある建物だ。部屋もみっつあり、うちのひとつは物置だ。ジャクソンは畑に留まり、周囲の植物を見て回る。
 小屋のそばで、ルーカスの家で飼われている馬が、桶に入った水をがぶがぶ飲んでいた。声をかけてなでてやると、馬はうれしそうに顔をすりよせた。黒の瞳が、たくさん走って大変だったと訴えてくる。
「お疲れ様。あとでニンジンをいっぱいあげる」
 ルーカスは帰宅後すぐに、王都のはずれにある薬草園まで来た。疲れているだろう。体も冷えて、おなかもすいているにちがいない。私は勝手口から台所へ入り、あたたかいお茶を用意する。
 魔法の力で手早くお湯を沸かし、ポットにお湯をそそぐ。冬にぴったりなエルダーフラワーの薬草茶だ。しょうがのクッキーや、冬野菜がたっぷりのったタルトなども戸棚から出す。背後から声をかけられた。
「アメリア。手伝う」
 聞きなれた声に振り向くと、ルーカスが淡くほほ笑んで立っていた。食卓のある隣の部屋から来たのだろう。
 濃い茶色のやわらかいくせ毛。瞳はくすんだ黄色で、少したれ目だ。白いシャツにアイボリーのジャケットをはおっている。一年生用の紺色のリボンタイは、首元できっちりとちょうちょ結びされている。そして同じく紺色のズボンをはいている。
「ルーカス。ひさしぶりね。入学式では制服に着られているようだったのに、すっかりとかっこよくなって」
 私は大喜びで、ルーカスに近寄った。そして、あることに気づく。
「聴力強化の魔法を、自分で使えるようになったのね」
 ルーカスの耳には、私のかけた土属性の魔法とルーカスのかけた風属性の魔法がかかっている。私は大地や草花に関する魔法が得意で、ルーカスは風や大気に関する魔法が得意だ。彼の本質は風だ。花々を優しく揺らす風だと思う。
「聞こえすぎる。解除してほしい」
 ルーカスはゆっくりとしゃべる。それは耳がよく聞こえるようになっても、あまり変わらなかった。彼は穏やかな性格で、おっとりしているのだ。私は彼と、のんびり会話することが好きだ。
 しかし学園入学前より今は、しゃべるのが早くなった。発音もきれいだ。家の中に閉じこもるより、学校に通って大勢の人と関わる方がいいのだろう。
「もちろん」
 私は両手を、彼の両耳に当てた。今、私と彼の背の高さは同じくらいだ。だが、そのうち抜かされるだろう。
「母なる 大地 エーアデ 。豊かな土壌。わが尽きぬ リーベ による守護の クラフト 。今、解き放つ」
 もう私の魔法は、彼に必要ない。ルーカスは私に頼らず、自由に生きていける。今日、この薬草園までひとりで来られたように。数か月前の彼ならば、そんなことはできなかった。ルーカスの自立が少しさびしいが、彼の成長がほこらしくもある。
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