ドラーヴァ王国物語 ―風の魔法使いと大地の娘―

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  1 美しい音に囲まれて  

 アメリアの魔法の力で、僕は初めて世界の音をはっきりと聞いた。世界は美しく、優しいものにあふれていた。僕は、あたたかな風に包まれていた。耳は悪くても、僕は幸せな子どもだった。けれど、
「なぜ彼を、パーティーに連れてきた?」
 アメリアの婚約者であるメイソン王子ににらまれて、僕はおどおどと立ちすくんだ。メイソンは十八才で、この王都にある魔法学園の最高学年だ。
 対して僕は、先月の九月に入学したばかりの一年生だ。十五才で、入学する前までは家の中に閉じこもってばかりいた。 燕尾服 テールコート も着慣れなくて、人の大勢いるパーティーに出るのも初めてだ。
 僕の隣に立つアメリアは、驚いているようだった。晴れ渡った青空の瞳を、ぱちぱちとさせている。それから、こまったように笑った。
「殿下。三日前のお茶会でも話しましたが、今日は新入生二十四名を歓迎する集まりです。彼が出席するのは当然です。さらに彼は、栄えある主席入学。彼と話したい上級生は多く、私は彼らから、私の幼なじみを連れてくるように頼まれています」
 彼女は僕よりひとつ年上の幼なじみで、姉のような存在だ。背も、僕より少しだけ高い。僕は頼るように彼女を見た。
 アメリアは二年生の学級代表だ。今日は、華やかな青色のドレスを着ている。いつも後ろでひとつにくくっている金髪も、きれいに結いあげている。メイソンはバカにするように、僕を見た。
「その耳では音楽は聞こえないだろう? ましてや淑女を誘って、ダンスは踊れない」
 アメリアは不快げに、まゆをひそめた。産まれたときから、僕の耳はよく聞こえない。静かな環境で一対一でゆっくりと話してくれるのなら、僕は相手と会話できる。けれど集団になると、とたんに分からなくなる。特に騒がしい場所だと、さっぱりだ。
「彼は音楽が聞こえます。それに今回だけは、彼に私をエスコートしてもらいます。弟のような彼を助けて、学園生活を楽しんでもらいたい。先日も、そう話しましたよね?」
 アメリアは語気を強くした。彼女は僕のために怒っている。一年前、アメリアは僕に、学校で習った聴力強化の魔法をかけた。あたたかな母なる大地の魔法。僕の耳はよく聞こえるようになり、父も母も、年の離れた兄も喜んだ。
 さらにアメリアは僕に、この国最高の魔法学園への入学を勧めた。僕が困ったことになっても、自分が助けると約束した。
「魔力は強いが、耳の聞こえが悪いために学校へ通うことは無理だろう」
「魔法の呪文も、うまく口が動かない」
「剣の腕も立つのに、優しい気性がじゃまをする」
「まじめで頭もいいのに、この子は将来、何にもなれない」
 僕は、家庭教師や親せきなど周囲の人たちから、そんな風に言われていた。しかしアメリアのおかげで、学校へ通えた。上手にしゃべれない僕を、バカにするクラスメイトたちもいる。けれど助けてくれる人もいて、友人もできた。
 だがさすがに、大勢が参加するパーティーに出るのは無理だろう。僕はゆっくりとしか会話できない。僕はそう考えて、あきらめていた。ところがアメリアが誘ってくれた。
「今回だけは私が、あなたともあなたの友だちともダンスを踊ってあげる。でも一曲だけ。次のダンスの相手は、友だちと一緒に自力で見つけなさい」
 これには、僕も友人たちも喜んだ。アメリアはいつも、僕をふくめて、入学したての不安な一年生たちを気にかけてくれる。彼女は昔から、世話好きのお姉さんだ。僕たち新入生はみんな、彼女にあこがれていた。
「私という婚約者がありながら、別の男にエスコートされるとは、なんとふしだらな淑女だ」
 パーティー会場である学園の会堂で、メイソンはいまいましげに言う。アメリアは、はぁ? と表情をゆがめる。僕はおろおろと、険悪な雰囲気のふたりを見つめた。
「ですから先日のお茶会で、あなたの許可をもらいました。そのときは、あなたは構わないとおっしゃった。なのに、なぜいきなり、そんなことを言うのですか?」
 アメリアは困惑している。サファイアの瞳が泣きだしそうだ。僕は、どうすればいいのか分からない。ここには、頼りになる父も母も兄もいないのだ。
 会堂の入り口付近でもめているので、人が集まってきた。みな心配げな顔をしている。メイソンは王子で目立つ存在だ。学園創立以来、初めての体の不自由な生徒ということで、僕も注目される存在だった。
「ルーカス」
 僕は横から名前を呼ばれて、腕をたたかれる。顔を向けると、友人のヘンリーとウィリアムだ。僕は助けてほしいと、彼らに寄りかかった。僕は大勢の人がいるところでは、うまくしゃべれない。
「アメリア。君との婚約を破棄する。ほかの男にこびを売るような女とは結婚できない」
 メイソンが、会場中に響き渡るような大声で宣言した。あまりのことに、アメリアは言葉をなくす。彼女の顔が青くなっていくのを、僕はぼう然と眺めた。
「ましてやその男は耳も聞こえない。選ばれた優秀な者しか入学を許されない、わが校にふさわしくない生徒だ。その間抜けな男とともに、ここから出ていけ」
 メイソンは勝ち誇ったように笑って、背を向けて立ち去る。僕は開いた口がふさがらなかった。友人たちも、あぜんとしている。こんなにもみにくい声を、僕は初めて聞いた。僕の優しい世界が壊れた瞬間だった。
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