ドラーヴァ王国物語 ―風の魔法使いと大地の娘―

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  6 優秀な第二王子  

 魔法学園の教官たちによると、呪文は口にしなくても、魔法は発動する。ただしゃべった方が、魔法に集中しやすく成功しやすい。頭に思うだけでなく、耳からも呪文が聞こえる方が楽なのだ。
 しかし僕は、アメリアが聴力強化の魔法をかけた二年前まで、あまり耳が聞こえなかった。不良品の耳で、魔法を練習していた。耳の助けなしで、魔法を使っていたのだ。
(僕にとって、無詠唱魔法は簡単だ。上手にしゃべれないので、普通の詠唱ありの魔法の方が難しい)
 さらに教官たちによると、うまく魔法を思い描ければ、心の中で呪文を唱える必要もない。呪文は魔法の本質ではなく、単なる表層だ。本来、言葉は必要なく、強い思いだけで発動する。
「君は、アメリアの幼なじみで一年生のルーカス、で合っているかな?」
 クルトは僕を好意的に見つめながら、たずねる。
「はい」
 僕は答えた。メイソンがいまいましげに口を開く。
「兄上、なぜここに?」
「私は魔法が得意ではないが、魔法学園の卒業生だ。毎年、新年を祝うパーティーの招待状はもらっている。ただいそがしくて、さらに私は外国にいることも多いから、ほとんど出席できないが。だが今回は、特別に参加した」
 クルトは冷たい目で、メイソンを見る。仲の悪い兄弟のようだ。
「去年、新入生歓迎パーティーで、弟が騒ぎを起こしたと聞いた。さらに弟は、父から謹慎を言いつけられているのに、新年のパーティーに顔を出すつもりだとも。今回の集まりでも君がバカな騒ぎを起こしたら、王家の威信にかかわる」
 メイソンは怒りで顔を赤くする。クルトは弟の監視に来たのだ。そしてメイソンがパーティーでこそこそしていたのは、謹慎中だったかららしい。クルトは僕の方を見て、優しく聞いてきた。
「君は決闘に勝利した。何を望む?」
 僕は、しっかりとしゃべった。
「メイソン王子は、アメリアに謝ってください」
 クルトは意外そうに目をまるくする。アメリアも両目をぱちぱちさせている。クルトは、おかしそうに笑った。
「ごめんなさいと頭を下げるだけでいいのか?」
「はい」
 僕はうなずいた。クルトは促すように、メイソンを見る。僕もメイソンに視線をやる。アメリアもメイソンを見たが、彼女はとまどっているようだった。メイソンは怒って言い張る。
「あんなものは決闘ではない。ただの学生同士のケンカだ」
「あれが決闘ではなかったとすると、君は帯剣の許されないパーティー会場で、剣を持たない年下の少年たちと女性に真剣を向けたことになる。国を守る王子として許される行為ではない。相応の処分を覚悟してもらうぞ」
 クルトは冷静に言いかえした。緑色の両目が怒っている。メイソンは目を白黒させて、口をぱくぱくさせた。それから、またしゃべりだす。
「さきにケンカを売ってきたのは、あいつらだ」
 僕とヘンリーとウィリアムを指さした。確かに今日は、僕たちの方からちょっかいを出した。なので、その点を指摘されるとつらい。だがクルトは、なんてことはないように苦笑する。
「十月のパーティーで、君がアメリアを侮辱したと聞いた。ルーカスたちは、稚拙なやり方だったが、その報復をしたのだろう」
 僕たちは、うんうんとうなずいた。クルトはメイソンの言いわけを、次々と論破する。メイソンとは格がちがう。かっこよくて、頼りになる王子様だ。
 メイソンは、もう何も言いわけが浮かばなかったのだろう。くやしげに、うつむいた。けれど顔を上げて、僕をぎらっとにらむ。大声でどなった。
「そのガキのせいで、不愉快だ! 私は自室へ戻る」
 足音をどすどすさせて、パーティー会場から出ていく。メイソンの恋人が、あわてて彼を追いかけた。メイソンは都合が悪くなったから、逃げたのだ。僕とヘンリーとウィリアムは、非難の気持ちをこめてメイソンを見た。クルトはため息をはく。
「あとで弟に謝罪文を書かせて、アメリアに届ける。それでいいか?」
 ていねいに問われて、僕は、はいと答えた。それから、頭を下げる。
「ありがとうございます」
 僕の隣で、アメリアも頭を下げている。ヘンリーとウィリアムも、そうだ。何もかもクルトのおかげだ。彼がいなければ、僕たちはメイソンに負けていた。クルトはほほ笑む。
「礼を言うのは、私の方だ。弟は、権力というものをカン違いしている。これで、あの思いあがった性格がマシになればいいが」
 クルトの器の大きさに、僕は感動した。ドラーヴァ王国には、四人の王子とふたりの姫がいる。長男で世継ぎの王子も立派な方と聞くが、次男のクルトも尊敬できる大人だ。クルトは、僕たちを囲む群衆に向かって言った。
「今日は、新年を祝うためのつどいだ。私は王子ではなく、ひとりの卒業生としてここにいる。みんな、私に構わず、パーティーを楽しんでくれ」
 人々は悩んだ顔を見せたが、ゆるゆると離れていく。ヘンリーとウィリアムも、「またな」と言って立ち去った。しばらくすると、パーティーは騒ぎが起こる前の状態に戻った。人目がなくなった後で、クルトはアメリアにほほ笑みかける。
「君に会いに来るのが遅くなってすまない。婚約破棄の件は、君のご両親から聞いた。つらい思いをさせた。すまなかった」
 謝罪する王子に、アメリアは恐縮して首を振った。
「クルト殿下が謝罪なさる必要はありません。それに婚約破棄に関しては、私にも至らぬ点がありました」
「国王である父も、君に申し訳なく思っている。未熟なメイソンのためを思って、父が決めた婚約だった。だから今、この場で父の代わりに謝罪させてくれ」
 クルトはまじめに言い、アメリアは少しの間まよってから、はいと答えた。クルトは、にこりと笑う。嫌な話題は終わり、とばかりに楽しそうに話し出した。
「今、ジャクソンの薬草園にいると聞いた。ジャクソンから聞いたか? 私と彼は、魔法学園に在学していたときからの友人だ」
 アメリアと僕は驚いた。ジャクソンからクルトの話は聞いたことがない。だが、ふたりは年が近い。彼らが学友でもおかしくない。
「ジャクソンが三年生のとき、私は一年生だった。彼は私の先輩だ。私は学生のとき、今のルーカスのように怖いもの知らずの子どもだった」
 クルトは僕を見て、懐かしそうに笑う。
「時間ができたら、薬草園に遊びに行こう。ひさしぶりにジャクソンにも子どもたちにも会いたい。それから、私をつれなく振った彼の妻にも」
 クルトはおどけて、肩をすくめた。アメリアに向かって、
「王子ではなくジャクソンの友人として、私を歓迎してほしい」
「はい」
 アメリアはうれしそうに笑う。けれど僕はアメリアにも、僕を子ども扱いするクルトにも、もやもやした。僕は本当に勝ったのか。ただ余計なことをしただけ。そんな情けない気持ちがした。
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