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魔術学院マイナーデ

王の子供たち03

視線が突き刺さるように痛い.
国王の葬儀の間中,サリナは周囲からの無遠慮な好奇の視線に耐えなくてはならなかった.

王のなきがらが眠る棺には,封印の札が張ってある.
この封印の札は単なる慣習であり,実際に何か効力を発揮するものではない.
亡くなった者が蘇り,生前最も愛した者を連れてゆかないように…….
王が最も愛したとされるリーリアもまた,サリナと同じく好奇の視線に晒されていた.
ただしリーリアの方はぼんやりとした風情で,周りからのあからさまな視線に気づいていないのかもしれない.

何も事情が分からないものから見れば,リーリアは突然降ってわいた,失踪したはずの王の妻である.
しかも王の死亡と同時に,姿を現した…….
リーリアの出現には,様々な憶測が立っていることだろう.
そしてまた,サリナも同じような存在だった.
いまだ定まっていない次期国王の座,国王は王位継承について何も言わずに亡くなった.

次期国王は誰なのか?
王の周囲に居た者たちの関心は,そこにあった.
この国葬を取り仕切っているのは,第一王子であるラルファードであるが,彼が王位に着くことに,国民や軍隊の者が納得するだろうか?
……納得はしない,必ずや反発するだろう.
すでに一部の若者たちが,派手に不満を口にしている.
戦場で勝利を勝ち取った赤毛の王子に,軍隊の者たちは心服している.
マイナーデ学院の卒業生たちは,もともとイスファスカの強力な味方,仲間である.
そもそもこの赤毛の青年は,王国中枢機関の人材育成に携わるマイナーデ学院ではカリスマ的存在だったのだ.

次の時代の政治の主役となる貴族の若者たちは,彼のことを気軽にイスカと呼び,彼の周囲に集まる.
奴隷の子供と馴れ合うなと,親が諌めても聞きはしない.
国王リフィールが作った身分平等の流れ,もはやこの流れは止められないのだろうか?
次期国王は奴隷の息子,……貴族,特に年老いた者には耐えられない認識だった.

こうなると,もっとも玉座に近いのは末王子のように思える.
母親の身分が高く,そして恐ろしいばかりの魔力を持っている.
戦場での戦い振りは,魔術大国シグニアの名にふさわしいものであったらしい.
なぜ国王は,この一番気に入っていた息子に王位を与えるように,遺言を残さなかったのだろうか.
もしも遺言があれば,誰もがライゼリートの国王就任を認めたであろう.
イスファスカの王位継承を望む者も,彼と仲の良いライゼリートならば納得するのかもしれない.

そしてまた,イリーナやサリナが女王として君臨する可能性も残されている.
特にサリナは平民ながらに尋常ならざる魔力を持つと,魔術師の間では有名な存在だった.
自らの血筋に少女の強大な魔力を取り入れたいと,少女との結婚を望む貴族がマイナーデ学院には多いと噂だったのだが…….

囁かれる言葉,じろじろと上から下まで眺められる視線.
サリナにとって苦痛でしかない国葬は,王の棺が城の地下へ納められることによって終わりを告げた.
サリナ以外の王の家族たちは,どこか呆然とした態で王の棺を眺めている.
リーリアは今にも倒れそうな顔色であり,イスカは普段の彼からは考えられないほどに無表情だった.

薄茶色の髪の少女は,ただ一人王の死を悼んでいない自分を恥じた.
金の髪の少年は少女の隣で,運ばれてゆく棺を睨みつけるように見つめている.
失われた光,残された王の子供たち.
王の意志を継ぐのは誰なのか.
独裁的に王国を統治していた国王リフィール.
王の子供たちのうち誰が王位を継ぐのかによって,この王国の方向性は決まる.
極端な話だが,奴隷制度の復活も考えられるのだった.

「はぁぁぁ……,」
国葬が終わり自室へ帰ると,サリナは疲れきった身体をベッドに投げ出した.
「お茶をお持ちしましょうか? サリナ様.」
すぐにサリナ付きになったという侍女が,少女に声をかける.
「……ありがとうございます,ルッカさん.」
少女は素直に甘えることにした.
「それから,サリナ様というのは辞めてください.」
初対面の自己紹介のときから何度も言っていることを,少女はしつこく口にする.
「それは聞けません,サリナ様.」
優しく微笑んで,侍女のルッカは部屋から出て行った.

ルッカは19歳の,目鼻立ちの整った美しい女性である.
サリナとともに並ぶと,正直ルッカの方が王女に見える.
王城勤めのルッカは,田舎もののサリナよりもずっと洗練されているのだ.
容姿にも立ち振舞いにも自信があるとは言いがたいサリナは,ルッカに対してコンプレックスを抱いてしまう.

少女は大きなベッドの中で,ばたばたと寝返りを打つ.
心に思い浮かぶのは,想い人の少年のことばかり.
……この国では,俺たちは姉弟にされるだけだ.
私だって,ライムと姉弟なんてやだよ.
少女はぼんやりと,部屋の高い天井を眺める.
……今夜,迎えに行く.

だから,ついてゆく.
少女は,がばっと跳ね起きた.
好きだから,側に居たいから.
お茶を持ってきたルッカに礼をいい,部屋から出て行ってもらうと,サリナはすぐさま荷造りを始めた.

「……スーズ.」
無人の部屋で,金の髪の少年は小さく呼びかける.
国葬の後,自室へ戻ると,いつの前にか薄水色の髪の青年は少年の前から姿を消していた.
これは,少年の判断に任せるということだ.
少年はあらかじめ用意してあった,荷を肩に背負う.

あなたにはリーリア様が,サリナには,サリナを大切に想っている両親が居るのですよ.
しかし少年は自分の決断に,自信が持てない.
これで合っているのか,これで間違っていないのか.
自分は後悔しないのか,サリナは悲しまないのか.

誰か,未来を見通せる者が居るのならば教えて欲しい.
自分の取るべき道を…….
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