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魔術学院マイナーデ

王の子供たち04

「サリナ,サリナ……,」
薄闇の中,自分の名を呼ぶ少年の声で目が覚めた.
「……ライム,」
どうやら少年を待ちながら,ベッドで眠ってしまっていたらしい.
「ごめん,寝ていた.」
すでに外は,どっぷりと日が暮れていた.

「別にいい.」
差し伸べられる少年の手を取り,少女は起き上がった.
次いで,枕もとに置いてあった荷を引き寄せる.
「準備,出来ているよ.」
少女がにこっと微笑むと,少年はどこか曖昧に笑みを返した.

ずっと一緒に居よう.
「転移魔法で飛ぶよね? 魔方陣,描いておいた.」
俺は,簡単な気持ちで好きだと言ったんじゃないから.
「紋様が間違っていないか,確かめて.」
私だって,簡単な気持ちでライムの求婚を受けたんじゃないよ.

離さないで.
私を離さないで欲しい.
違う,私がライムを離したくない.

「……分かった.」
少年の笑顔がつらそうなものであることに,少女は気づいたが気づかない振りをした.
少女はベッドの脇机の上から分厚い封筒を取り,少年に手渡す.
「お父さんとお母さんに置手紙をしてもいい? 行き先とかは書いてないから.」
手渡された封筒の重さに,金の髪の少年は,
「ごめん,サリナ.」
ベッドに腰掛けている少女の身体を,強く抱きしめた.

「逃げるのは辞めよう…….」
すると少年の腕の中で,少女が身じろぎする.
「どうして?」
少女の声には,少年を責めるものが込められていた.
「私,ライムと姉弟なんてやだよ.」
少年を見上げる少女の淡い緑の瞳は,微かに険しさを含んでいる.
「俺だって嫌だ.」
それは少年も同じ気持ちだ,マイナーデ学院を卒業して,結婚して,二人で故郷へ帰る.
あと,ほんの少しで少年の夢は叶うはずだったのに.
「なら,どうして,」
言葉を途中で遮る少年の唇,少女は黙ってそれを受け入れた.

「今,逃げたら,二度とこの国へ戻れなくなる.」
深緑の瞳が,少女よりも先に大人になってしまったかのような少年の瞳が告げる.
「サリナの故郷へは,」
「私はライムさえ居ればいい!」
怒ったような声を,少女は上げた.
「お父さんもお母さんも要らない,村へは帰らなくていい!」
「サリナ……,」
少年はなだめるように,少女の頬を撫でる.
「それじゃぁ,俺が嫌なんだ.」

「サリナを我慢させることが,サリナがほんの少しでも不幸になることが,」
「だから,私はライムさえ居ればいいの!」
少女は噛み付くように言い返した.
どうして分かってくれないのか.
どうして何も考えられない程に,自分のすべてを攫っていってくれないのか.
もうすべて,奪われてしまっているのに……!
「今更,……私を離さないで!」
これほどまでに,捕らえておきながら.

予想だにしていなかった少女の激情に,少年は戸惑った.
いつも強引なのは少年の方で,少女はただそれを容認するだけだったのに.
「サリナ.姉弟じゃなくなる方法は,きっとあるから.」
少年は,きちんと結わえられた少女の髪を解く.
「どこに!?」
きっとにらみつける少女のくせっ毛に踊りだす髪に,手を差し入れて,
「分からない,でも必ず見つけてみせる,」
少年は何度も何度も,少女の髪を梳いてゆく.
「ライム,でも……,」
解かれてゆく髪に,少女は少年に反抗する気持ちを保てなくなる.
すぐにひっかかる髪が,少年の手にかかると,いとも容易く流れてゆく.
「イスカ兄貴もスーズもじいさんも皆,力になってくれるはずだ.」
落ち着いた深緑の瞳が,少女の心を静めてしまう.

次に少年は少女の上着を脱がしてやり,少女の旅装を解いてゆく.
「俺はサリナのことを諦めないから,だから,」
少女はぼんやりと,少年に服を脱がされていった.
「サリナも,俺のことを諦めないでくれ.」
「ごめんなさい,ライム.……私のせいで,」
少女は唐突に,自分の非に思い至った.
少年が少女のためについてくれた嘘が,ばれてしまったのは,
「私がうまくしゃべられなかったから,腕輪をはめたままにしていたから,」
自分が国王の娘であることが,ばれてしまった.

「それは違う,サリナ.俺のせいだ.」
少年は,祖父のコウスイの言葉を思い出していた.
ライム,どれだけ隠していても,サリナのことはいつか露見するだろう.
そう,老人はちゃんと少年に忠告をしていたのだ.
ならば先手を打つべきだ,サリナについている竜は,ライム,君のものだと……,
一刻も早くに,少女と婚姻を結べと.

「本当は……,」
好きだと告白したときに何もかもを打ち明けて,自分との結婚を請えばよかったのだろうか.
少女の首筋に唇を滑らせて,少年は後悔する.
「……好きだよ,」
華奢な少女の体をきつく抱きしめて,なのに壊れ物のようにそっとベッドに横たえてやる.
「でも,それはサリナに幻獣が居たからじゃない.」
最初からこうして抱いていれば…….
けれど大事にしたかったし,誤解されるのを恐れていた.

「……知っている.」
瞳を伏せて,少女は微かにつぶやく.
優しさに惹かれて,想像していなかった熱さに流されて.
側に居たいと願い,誰よりも束縛されている.
「でも,……もっと言って,」
……分かっているけど,聞いているのよ.
「嬉しいから,それだけで私は強くなれるから.」
……うれしいお知らせは,ちゃんと言葉にしてほしいの.

「……分かった.」
少年は楽しそうに,くすりと微笑んだ.
「好きだ,サリナが好きだ.」
真摯な瞳で告げる,そして言葉以上に少女の身体に言い聞かす.
「……私も,」
頬を紅潮させて,想いを漏らす少女の唇をふさぐ.

好きだと言葉だけでは伝えきれない.
優しく激しく,そしてただ甘く…….
夜が明けるまで抱きしめて,決して解けない魔法を少女にかけた.
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