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魔術学院マイナーデ

王の子供たち02

王城の中の,自分のために用意したという一室で.
薄茶色の髪の少女サリナは,はぁとため息を吐いた.
やたら広い部屋の中で,一人きりで突っ立っている.

あの後,サリナたちはすぐさま王城へと飛んだのだ.
ライムが書いた魔方陣を利用して,王宮魔術師たちが長距離転移魔法を実行した.
もちろんサリナには,ライムと話したり相談したりする暇は与えられなかった.
今頃,軍隊から事情を説明されている故郷の両親は仰天しているだろう.

これから,どうすればいいのだろうか…….
平凡な平民であったはずの少女は,シグニア王国の王女サリナ・トニア・シグニアにされてしまった.
城の侍従に手渡された礼服を掲げつつ,少女は思い悩む.
今からこの服を着て,サリナは王女として国王の葬式に出席しなくてはならないのだ.
顔を見たことも無い,実の父親であった国王のために…….

城へ帰り着くと,ライムの母親であるリーリアが迎えてくれた.
リーリアは,本来の35歳の姿に戻っていた.
「無事で……,」
少年の身体を抱きしめて,息子の無事に涙する.
「お,俺は,無事だ.怪我一つ無い.」
金の髪の少年は大いに照れていたが,少女にはリーリアの涙がただそれだけのものとは感じられなかった.
今,この場で国王の死を悼んでいない者は,きっとサリナだけだろう…….

悲しみができるだけ早くに薄まるように,そのような願いが込められ,喪服は灰一色である.
35歳に戻ったリーリアは,悲しみの象徴であった.
美しい立ち姿は,夫を喪った悲哀によってより一層際立っている.
金に輝く髪,宝玉の瞳.少女の恋人と同じ,
「……ライム,」
つぶやき声に応えるように,少女はいきなり後ろから抱きすくめられた.
「え!?」
「しっ,静かに!」
振り返ると,金の髪の少年が少女を捕まえている.
「え,えぇ!?」
余りのことに少女は言葉を上手に紡げない,少年は少女を離すこと無く言った.
「サリナ,一緒に逃げよう.」

いつの間にか部屋に忍び込んだらしい少年の台詞に,少女はただ瞳を見開かせる.
「この国では,俺たちは姉弟にされるだけだ.」
少年の辛そうな顔が少女の口を閉ざし,きつく抱きしめる腕が逃げることを許さない.
「今夜,迎えに行く.準備をして待っていてくれ.」
少女の返事など聞かずに,少年は勝手に話を決める.
「に,逃げるって……,」
やっとのことで口がきけたかと思うと,容易く唇を奪われた.

逃げるも何も無い,もうとっくに攫われてしまっている.
この少年に,心も身体もすべて.
軽く抵抗してみせても,少年の熱さに簡単に流されてゆく.
逃げてどうするのか,どこへ逃げるのか,少女は訊ねることができなかった…….

ライムが転移魔法で自室へ帰ると,薄水色の髪の青年が険しい顔をして待っていた.
「サリナの部屋へ行っていたのですね?」
スーズの問いに,少年は当たり前だとばかりに頷く.
「……殿下,」
青年の真面目な表情に,少年は身構えた.
これは主君である少年に苦言を呈するときの青年のくせだ,殿下とゆったりと呼びかける.
「はやまった真似は,なさらないで下さいね.」
少年は,かすかにぎくりとした.

「あなたにはリーリア様が,サリナには,サリナを大切に想っている両親が居るのですよ.」
「……分かっている.」
金の髪の少年は視線を逸らして,少しいらだたしげに答える.
これは分かっているけど,分かりたくないときの少年のくせだとスーズは思う.
二人はもう何年も一緒にいるのだ.
この少年が今,何を考えているのか青年にはよく分かるし,青年の言いたいことが何なのか,少年もよく分かっているだろう.

「それと,……あなたには私という味方が居ることも忘れないで下さいね.」
乾いた空気を打ち消すように,青年は淡く微笑んだ.
主君の少年がどのような道を進むにしても,青年は少年の手助けをするつもりなのだから…….

「イスカ殿下,今度からこうゆうことをするときは,ちゃんと事前に知らせてください.」
自室へ戻ろうとするところを,赤毛の青年は城の従官に呼び止められた.
「こうゆうこと?」
青年は首を傾げるのだが,従官の男はやれやれといった態で首を振る.
「まぁ,我々としては掃除ができなかっただけですが,」
「掃除?」
話がつかめずに,イスカは自室への扉に手をかけた.

「へ?」
途端に間抜けな声を上げる,扉がなぜか開かないのだ.
「なんで開かねぇんだ?」
がちゃがちゃと回しても,扉は開かない.
「殿下がお部屋を,魔法で封印したのではないのですか?」
そう思い込んでいた城の従官も困惑する.
「そんなことしてねぇぞ.」
赤毛の青年は取っ手から手を離して,封印の魔術を探ろうとした.
勝手に彼の部屋を封じ込めた犯人は一体誰なのか.

イスカはすっと瞳を閉じて,意識を集中させる.
「人の子の惑い,恐れ,真実を隠すものよ,」
難解な呪文を唱えだす王子に,従官はさすがはマイナーデ学院の卒業生と感心した.
この国の王族は皆,優秀な魔術師のはずである.
「地に眠る技を,……う,海に眠る識を,」
しかし青年の方では,そんなにも容易く魔法を操れるわけではない.
昔,授業で習った高等魔術を思い出しながら,である.
「光を通さぬ……,」
呪文を唱え終わる前に,パリンと軽やかな音を立てて封印は解けた.
まるで青年を待っていたかのように.

「罠でも張ってあるのか?」
さすがに気味が悪い,イスカは用心深く扉を開いた.
少しばかり様子をうかがってから,部屋にそぉっと足を踏み入れる.
「殿下…….」
王子の身を案じて,従官も青年の後に続いて部屋の中へ入る.
ぱっと見た感じ,部屋に異常は見られない.
しかしあるものに気付いて,イスカは,はたと歩みを止める.

部屋の奥,テーブルの上に書類や本がうずたかく積まれていた…….
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