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魔術学院マイナーデ

名の無い少年06

「サリナ,本当にサリナなのか!?」
7年ぶりに見た我が子は,もうすっかり大きくなっていた.
長い薄茶色の髪,柔らかく成熟した娘の体つき.
「お父さん!」
見知らぬ少年の腕の中から抜け出し,少女は父の胸の中へ飛び込んでくる.
「会いたかった……!」

半ば呆然と娘を抱きしめ,次の瞬間,父は家の中に向かって叫んだ.
「キティ! キティ,来い! サリナが帰ってきた!」
妻を大声で呼ぶ,……娘が,彼らの大切な娘が帰ってきたのだ.
そして視線を,再び外へと向けて,
「君は……?」
玄関口でたたずんでいる金の髪の少年に,問い掛ける.
「俺,……私は,」

少年が答えようとした瞬間,
「サリナ!?」
どたどたと大きな音を立てて,家の中から一人の女性が飛び出してくる.
ふくよかな体つきの赤毛の女性だ.
「本当にサリナなの!?」
夫と同じ台詞に,ライムはサリナの両親の仲の良さを感じた.
「お母さん!」
少女の声には半分以上,涙が混じっていて.
再会の喜びに,家族3人抱きしめあってキスを交わす.
少年はたった一人,ぽつんと取り残された.
ふとサリナの父親と目が合うと,父親ははっとしたように顔をこわばらせた.

「ライゼリート殿下……?」
「え?」
父親の声に,サリナは不思議そうに顔を上げる.
「まさかこんなにも早くにいらっしゃるとは,」
父親は戸惑う娘を背に隠し,金の髪の少年に対した.
「あなた様からのお手紙,拝見いたしました.」
「お父さん,何を言っているの?」
少女が背後から呼びかける.
「サリナ,お前の手紙も読んだ.」
父親は娘に向き直って,しっかりと彼女の両肩を抱いた.
「諦めなさい,殿下のことは.平民と王族では身分が違いすぎる.」
「王族って……!?」
少女があまりにも戸惑っているので,父親も戸惑う.
「サリナは俺のことを忘れているんです.」
殿下と呼ばれた少年が,彼ら二人に口を挟む.
まるで自身に非があるかのように,すまなさそうな顔をして.
「魔力を暴走させて,」
父親は再び娘を背中に隠した,そして母親が娘を守るように抱きしめる.

「殿下,申し訳ございませんが,サリナのことはお忘れ下さい.」
記憶が無いなら好都合だといわんばかりに,父は早口でしゃべった.
「サリナにも,夢でも見たのだと言い聞かせます.」
「待ってください,身分のことなら,」
かたくなな父親の態度に,少年の方でも戸惑いを隠せない.
「無礼な振る舞いを,どうかお許しください.」
そして少年を置いて,ドアを閉めようとする.
「お父さん!?」
少女が父親の行動を止めようとする.
「サリナ,お前のためだ.」
しかし少年の目の前で,ドアはばたんと閉ざされた…….

少女は無理矢理に家の中へと引きずり込まれる.
「ライムは私を家まで送ってくれたのよ! どうしてこんな追い返すような真似をするの!」
自分の話も少年の話も聞かない両親に,少女は憤って叫ぶ.
「サリナ! ライムというのはライゼリート殿下のことか?」
少女に対して,父親は怖いくらいに真剣な顔だった.
「殿下……?」
少女は父親の言葉をそのまま繰り返す.
俺は貴族じゃない,少年は確かにそう言った.
「……ということは,王族?」
サリナの顔がさっと青ざめる.

「そうだ,私たちとは身分が違う.」
「で,でも,」
少女は必死になって言い返す.
「王族といっても,イスカ先輩はまったく身分にこだわらない方だったし,」
王子王子って,俺のことを名称で呼ぶな.
少年の言葉を思い出して,叫ぶ.
「ライムは俺のことを王子と呼ぶなって言ったもん!」
すると両親は痛そうな,そして少女に対して心底,同情しているような顔をした.

「な,何……?」
父母の表情の変化に,少女は怯える.
「やはりマイナーデ学院に行かせるんじゃなかった…….」
つらそうに顔をそむける父.
「ちゃんと言っておけばよかったのかしら…….」
泣き出しそうな母の顔.
「何の話?」
身分の話では,なかったのだろうか.
少女は震えながら,両親の次の言葉を待った.

「サリナ,お前とライゼリート殿下は血の繋がった姉弟なのだよ.」
父の台詞に,少女は「冗談を言って.」と笑おうとしたが果たせない.
あまりにも真面目な両親の顔に,のどが引きつって言葉が出てこない.
「お前が強い魔力を持っているのは,王家の血を引いているからだ.」
魔術大国シグニア,王族の強大な魔力によってたつ国.
「それとイースト家の血筋によるものだろう.昔,教えただろ,父さんは貴族の血をほんの少しだけ持っていると.」
目の前が真っ暗になり,少女はその場で崩れ落ちた.

「私はお父さんとお母さんの子でしょ?」
声が震える,あまりにも信じがたい事実に.
しゃがみこむ娘を,母がやさしく抱きしめる.
「サリナ,父さんには双子の妹が居てな,」
娘を抱く妻ごと抱きしめて,父は語を継いだ.
「妹の名は,……エリナ,お前を産んだ母親だ.」

ふらふらとする足取りで,少女は7年ぶりに自室へと戻った.
少女の部屋は母親がいつも掃除しているのだろう,塵一つ落ちていないきれいなものだった.
くらくらする頭を押さえベッドに座り込むと,コンコンと窓を叩く音がする.
金の髪の少年が,外から部屋の窓を軽くノックしていた…….

闇に映える金の髪,人形のように整った顔立ちに少女は泣きたくなる.
少年はただじっと少女を見つめ,少女が自分の元へとやって来るのを待っている.
少年がそれを要求するのは当たり前だ,なぜなら二人は将来を誓い合った恋人同士なのだから.
窓を開けると,少女は乱暴に腕を取られた.
そのくせ少年は,優しく頬にキスをする.
「怒られたか?」
心配そうな少年の声に,少女は無言で首を振った.
「サリナ,今は戦場に戻らないといけないから引き下がるけど,」
少年の深緑の瞳が,怖いくらいにまっすぐに少女を見つめる.
「俺はサリナを諦めないから,必ずサリナの両親を説得してみせるから,」

「それまで待っていてくれ.」
頬を撫でられて,求められる口付け.
それを断る理由が頭では浮かんでも,心には浮かばない.
ズキリと胸をえぐる痛みでさえ,少年からの熱に流されていった…….

あくる日の早朝.
シグニア王国国境に陣を構えたティリア王国軍に,一通の矢文が届いた.
差出人名は,王子ライゼリート.
内容は,母のためにシグニア王国軍を裏切るというものである…….
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