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魔術学院マイナーデ

過去からの呼び声01

楽しげな鳥のさえずり,遠くに聞こえる川の音.
暖かい朝日が枕もとまで差し込み,
「ん……,」
ベッドの中で,薄茶色の髪の少女は目を覚ました.
目をごしごしと擦って,むっくりと起き上がる.

明るい窓の側には,半透明に透き通る水晶でできた砂時計が置いてあった.
これは昨夜,金の髪の少年が少女に渡したものだ.
このような精巧な魔法具を作るとは,ライムはよほどに魔法具の扱いに長けているらしい.
魔法具は誰でも使える簡単なものではあるが,その効果を十二分に発揮させようとすると,相当の知識と熟練が必要となる.
たいていは年をとり,魔力の弱まった老魔法師が好んで利用するのだ.

サリナ,お前とライゼリート殿下は血の繋がった姉弟なのだよ.
父親の言葉を思い出し,少女はふるふると首を振る.
そんなことない,きっとそんなことは無い.
両親は何か思い違いをしているのだ,なぜなら少女と金の髪の少年はまったく容姿が似ていない.
血の繋がりなど,感じられるはずがなかった.

少女が小走りに食堂へと行くと,すでに母親が朝食を用意していた.
「おはよう,サリナ.」
少女の頬にキスを落として,席に座らせる.
食卓の席は,マイナーデ学院に入学する前の子供の頃と同じ席だった.
「お母さん,おはよう.」
キスを返してから,少女はテーブルの上に食器とともに置かれた薄汚れた銀の腕輪に気づいた.
「これは……?」
手にとって見ると,向かいに座っている父親が複雑な顔をする.
「サリナ,お前のものだ.」

「私の?」
少女は薄緑色の瞳を瞬かす.
よくよく目を凝らすと,腕輪にはうっすらと精巧な模様が彫られていた.
「エリナが国王陛下に頂いたものだ.」
国王……,サリナはあえて父親の台詞を無視する.
しかし次の瞬間には,腕輪に彫られた古代文字を発見してしまう.
「……リフィール・コウゼ・トーン・シグニア.」
トーン・シグニアを名乗れるのは,シグニア王国の王子のみ.
少女は,こわばった顔を父に向けた.
「エリナは陛下のことをリフと愛称で呼んでいた…….」
父親は悲しげに微笑む.
「妹は決して恋に落ちてはいけない方を愛してしまったのだよ.」
今の娘と同じように…….

「サリナ,朝食を食べたら,エリナの墓参りに行こう.」
腕輪を掴む娘の手が,かわいそうなくらいに震えていた.
薄緑色の瞳が潤んで,父の言葉を否定するものを探している.
「詳しい話はそこでするよ.」

薄茶色のくせっ毛の髪,淡い緑の瞳.
サリナは昔から,産みの母親であるエリナにそっくりの容姿をしていた.
つまりエリナの双子の兄であるダイにも似ているのだ.
何も事情を知らない村人たちがサリナは父親似だと言うたびに,ダイは国王ではなく妹の容姿を娘が受け継いだことに感謝したものだ.

エリナが遠い親戚であるイースト家に仕えるために村を出たのは,16歳のとき.
イースト家の屋敷にて,マイナーデ学院の学院長であるコウスイ・イーストを訪ねに来た王子リフィールと出会ったのだ.
「私はただのメイドですから……,」
戸惑うエリナに,王子は熱いまなざしで夢を語った.
「私は身分の無い世の中を作ることが夢だ.」
実際に王子はその4年後に,奴隷解放という偉業を成し遂げる.

「けれど王子殿下にとって妹のことは,数多い恋のひとつでしかなかったのだと思う.」
村の共同墓地の端の方,小さな墓石が寂しげにぽつんと佇んでいる.
サリナは,摘んできた花をそこに添えた.
「何ヶ月もしないうちに,リフィール王子は真実の恋に出会ってしまったのだよ.」
金の髪,深い緑の瞳.
コウスイの一人娘の,リーリア・イースト.
人を寄せ付けない神経質な,可憐な美貌の姫君.
「分かるね,それがライゼリート殿下のお母君だ.」
父の言葉に,娘は小さく「分かりたくない.」とだけつぶやいた.

リーリアは周囲の者がひやひやするくらいに,王子を跳ね除けた.
「側に寄らないで! 気持ち悪い!」
もともとよほどに気を許した者しか,心を開かない少女である.
また強大な魔力のためにいつか狂気に陥るのではないか,と周りから壊れ物のように大切に扱われていた.
父母に守られた狭い世界の中だけで生きてきた少女にとって,王子からの求愛は恐怖でしかなかったのだろう.
もしくはエリナのことを知っていたのか,それはリーリアにしか分からない.

「妹はお屋敷を辞去して,村へと帰ってきた.」
傷つき,疲れきった顔をして.
ダイは,亡き母親の墓を眺める娘の横顔を見つめた.
恋に落ちる,これほど残酷なものは無いと思う.
皮肉なものだ,あのリーリア様の息子と愛を語らっていたなど…….

「そのときに,サリナを産んだのだよ,」
妹は屋敷を出てから,妊娠に気づいたらしい.
しかし気丈にも屋敷には戻らずに,旅を続けた.
エリナは村にたどり着くとともに腹痛を訴え,サリナの誕生とともにこの世を去った.
サリナという新しい命が無ければ,ダイは王子への復讐に身を焦がしていただろう.
17年経った今でさえ,国王の名を聞くと胸に苦いものが込み上げる.

ダイは村長と相談し,サリナを自分の娘として育てることにした.
またエリナの出産を知るすべての村人に,彼らの了承を得てから物忘れの魔法をかけ,サリナを完全に自分の娘として育ててきたのだ.
サリナのマイナーデ学院入学まで…….

「お前をマイナーデ学院にやるんじゃなかった…….」
父親は再び,後悔に染まった言葉を吐いた.
当たり前のように娘を抱いていた金の髪の少年.
少年はきっと娘を迎えに来るだろう,自らの姉とは知らずに.
扉を閉めたときの少年の顔が,彼にそう告げていた.
「ライゼリート殿下のことは忘れなさい.」
父の言葉に,娘は答えなかった…….
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