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桔梗の紋

私が生まれたのは、愛知県名古屋市の東はずれにある八事(やごと)というところです。チンチン電車の終点があったので、地元ではもっぱら「終点」と呼んでいました。ローマには、終着駅という意味の「テルミニ」という駅がありますが、八事はチンチン電車のテルミニだったわけです。残念ながら、地下鉄が通った今では、「終点」はなくなってしまいましたが。

駅といっても、素っ気無いプラットフォームがあるだけ。でも「終点」のそばには、名古屋では珍しい興正寺の五重塔がありました。ちょっと歩けば霊園も広がっています。八事は、小さな門前町だったのです。「終点」まで歩いていって、和菓子屋さんでみたらし団子を買うのが、少年時代の僕の無上の喜びでした。

名古屋は、どういうわけかよくジョークの対象にされます。確かに「ドエリャアー」といった難解な方言や、嫁入り道具をお披露目するといった変わった習慣が残っています。食べ物で言えば、味噌煮込みうどんとか、味噌カツ。でも土地で育った人間には、それが名古屋だけの特殊なものだということはなかなかわかりません。方言ばかりしゃべっているのに、当人は完璧な標準語のつもりというのは、よくみる光景です。

実は、かく言う私も、ごく最近まで、「小倉トースト」が、名古屋だけの味だとはまったく気がつきませんでした。バター・トーストの上に、あたたかい小倉あんをのっけた和洋折衷のこのトースト、カロリーなど気にしなかったころは、かなり気に入っていました。ところが 気がついて見渡してみると、関東でも関西でも、どこの喫茶店にも見当たりません。名古屋人以外は、どうやら見たことも聞いたこともない、地方限定のレアな食べものだったのです。名古屋人であることを、改めて思い知らされた一瞬でした。