懐かしの松前漬け  下里節子  


 
 子供達がまだ幼かった頃、わが家のお正月準備は松前漬
け作りから始まりました。
 三人がこたつにちょこんと並び、手より大きなはさみで
昆布とスルメを懸命に切ってくれた姿が今も懐かしく思い
出されます。
 作り方は、結婚後はじめてお年始に伺った恩師山口龍二
教授の奥様から教えていただきました。北海道の物産展な
どで売られているものとはちがって、もっと素朴でシンプ
ルなものでした。
 昆布は肉厚で上質の利尻産。スル
メもやはり肉厚の白松スルメ。
 この二品は出来るだけ細く切りま
す。そして、拍子切りにした人参と
よく混ぜ合わせます。
漬け汁は、醤
油(1)、みりん(1)、お酒(1)
にお酢(半分)をひと煮立ちさせ、
充分にさましてから漬けこみます。
 二,三日たって昆布が糸を引きはじめたら食べ頃です。
 わが家では、太めに拍子切りした人参を大量に入れます。
まだ漬かりが浅いうちにパリパリと音をたてて頂くのがこ
とのほかおいしく感じられたものでした。
 漬けた日の夜、皆が寝静まったはずなのに、台所でカチ
ャカチャと音がします。ホーロー製の漬物容器の蓋を開け
閉めする音なのです。きっと朝までまちきれなくて味見を
していたのでしょう。
 その後、十年近く松前漬け作りが続きましたが、労働力
 だった子供達が受験、留学、下宿生
 活などと忙しくなり、いつのまにか
 お正月のこの習慣は途絶えてしまい
 ました。
  なにより、私たち夫婦がスルメや
 昆布に歯が立たなくなり、あの食感
が味わえなくなったのが残念でなりません。

ー本稿は奈良県医師新報2001年新春号(平成13年1月1日発行)の
  新春特集に投稿しましたー