星のしずく      下里直行       
                            

  
 梅干すや 旧天領の星雫(しずく)

 この句は、本年八月二十日の朝日新聞夕刊に掲載された、美柑みつはる氏の『八月大名』
と題する句集の中の一句である。
 俳句にたしなみのない私だが、「梅干す」と「雫」という文字に目が留まり、おやっと
思った。
 幾度か詠み返すうち、句に描写された或る情景に共感を覚え、思わず筆を執る気になった。
 句は、中国地方の寒村での土用干しの情景を詠んだものだ。
 「夜露にさらされた梅干しに、満天の星が降りそそぎ、雫に姿を変えて梅の表面を潤し、
キラキラと輝いている・・・」。
 句意をねじ曲げている・・・と作者からお叱りを受けるかもしれないが、実体験に基づい
た私なりの解釈である。
 六年前から毎年、私は梅干しを作り続けている。塩味の効いた昔風の梅干しを食べたいと
いう願いと、句中の「雫」に会うことを楽しみにしているからである。
 ご存知の方には蛇足だが、梅干し作りには、梅の下ごしらえ、塩漬け、赤じそ漬け、土用
干しの四工程がある。
 それぞれの工程で細かい注意と面倒な工夫が必要で、それはそれなりにおもしろいのだが、
梅雨明けの晴天が続く日を狙って行う土用干しはことのほか興味深い。
 
早朝、漬け汁から取り出した梅をえびら(竹製のざる)に一粒ずつ並べ、強い太陽に当て
る。まんべんなく陽が当たるよう、診療の合間をぬって、天地を返す。夕刻、日が翳ってき
たら取り込んで漬け汁にもどす。
 翌朝、再びえびらに並べて同じ手順で陽に当てる。儀式にも似たこの作業を三日間くり返
し、最後の一日は夜間も外に出して夜露にさらす。これがいわゆる土用干しである。
 四日目の未明、星の光を浴びた梅干しに透明で清楚
 な白露が滴々と降り載り、やがて太陽が顔をだすと、
 その雫は宝石のようにキラキラと輝くのである。
 えも言われぬ美しさだ。
 朝の早い時間帯の光景なので、そのつもりでない限
 り眼にする機会はめったにない。
 冒頭の句に小さな驚きと親近感を覚えたというのは、
 こんな些細な現象を自分と同じような感慨をもって
 見つめている人が居ることを知ったからであった。
 写真は、この句が掲載される一ヶ月前の早朝、早起
 きが苦手な女房に見せるつもりで、買いたてのデジ
                 カメで試写した「梅の雫」である。
 もし、冒頭の句に目を留めていなかったら、この写真は日の目を見ることなくMOの中に
埋もれていたことであろう。
 そこで、作者に敬意を払い、即興の駄句を添えて稿を終わる。

 梅干して えびらに残る 陽のかほり  
直行
 

       奈良県医師新報【第574号】(平成11年11月1日発行)より転載