うなぎ   下里直行   

 十一歳の夏の日の昼下がり。今から四十年前のことである。
 ひとつ年下の茂ちゃんと暇つぶしの相談中、庭の隅に捨てられていた五メートルほどの
電線が目にとまった。
 この時とつぜん、すごい妙案がひらめいた。
 『自転車の発電機で川の魚はシビレるか? 』
 私の実家の横に、今も「みぞ川」と呼ぶ幅四十センチ、深さ十五センチの農業用水路が
流れている。
 メダカ、カニ、どじょうぐらいしか住まない小さな小川だ。
 まずは、ここのカニかメダカで試してみることになった。
 電線の一方を自転車の発電機に、他方を笹竹の先に巻きつけた。
 ペダル回しは茂ちゃんが担当した。
 「さてッ・・・」
 おもむろに電線の先を水中に差し入れた・・・
 そのとたん、「ゴボッ 」と砂けむりがあがって、黒いものが石垣の奥から飛び出てき
たのである。
 「うわッ! 」
 尻もちをつき、こわごわよく見ると六十センチあまりのうなぎであった。
 「うなぎヤッ! うなぎヤッ えらいこっちゃ 誰かー 」
 予想もしなかった出来事に私はうろたえ、茂ちゃんはわけもわからず遮二無二ペダル
を回しまくった。
 近くに居合わせて、この騒ぎを聞きつけた大工の竹一つぁん。駆けつけるなり、いき
なり水に手を入れたものだから感電
 
「アッチッチ  アーチー 」
 「茂ちゃん、ストップ、ストップ 」
 止めるとうなぎはゆっくりと動き出す。
 「茂ちゃん、回せ回せ 」
 「アッチッチ ストップ ストップ 」と大工の竹一つぁん。 

 【注意】よい子のみなさんへ!
     危険ですから、決して真似をしたり、
     お友達に教えたりしないでください。

 このうなぎは、その日のゆうげの膳にのぼった。
 なぜ、あんなみぞ川にこんな大きなうなぎが住んでいたのか・・・。
 その夜はもっぱらこの話題に終始した。
 後日、お隣の床屋さんのうなぎであったことが明らかになった。
 大川で獲ってきたのを、鮎と一緒に「おとり箱」に入れ、みぞ川で飼っていたのだと
いう。
 数日前の大雨でみぞ川が増水、箱から逃げ出して岩穴に潜んでいたのであった。
 「うなぎは谷川の柳の根っ子から生えてくるものなんよ・・・」
 こう言いながら、蒲焼きに舌鼓を打っていたあの日の母のしたり顔が、今も脳裏をか
すめるのである。
         奈良県医師新報【第547】(平成9年8月1日発行)より転載