江戸へ帰った人
ホーム 上へ 犬を飼うということ

 

 江戸時代というのが何となく好きで、NHKの「お江戸でござる」という番組をよく見せて頂いた。番組の終りの時間帯でその日の放送内容について、杉浦日向子さんが講評をしてくださる。生真面目 で一生懸命な姿が伝わってきて結構ファンだった。途中で石川英輔氏に交代したときには、またお会いできるものと思っていた。佳人薄命ということか、四十代でのご逝去は残念である。

 そして杉浦さんは私と同じでお酒が好きで、しかも飲み方が粋である。立飲みを理解している。立ち飲みは品がないと思うのは平板な人種である。大勢でワイワイ騒ぎながら飲むというスタイルがもてはやされる昨今であるが、立飲みで飲む人たちは決して長居をせずに、料理を二、三品と酒を適量にそして一人で物静かに飲んでは切り上げる。それが大人の飲み方であり、大勢で騒ぎながらいつまでも粘るのは私の好きな飲み方ではない。神戸骨董市にて

 杉浦さんは漫画家として江戸を描いた人であるが、私にとっては江戸の文化の案内人であった。いつか見た雑誌のコラムに私の心をゆったりとさせる文章があったのでとっておいた。それによると、「江戸人は生活すべてが八分目のところで生きていた」という。バランスシートで表現すれば、現代人は資産も沢山持っているが、それと同額もしくはそれ以上の負債をかかえながら走っているので、ちょっとした弾みで転んでしまうのに対し、江戸の人は資産も負債も最小限にしか持たないので、 身軽でバランスをとる必要もなくゆったりと歩いているとでも言えよう。「宵越しの金は持たない」という有名な表現にはそういう意味もこめられているのではないかという気がする。

 吉田兼好は「徒然草」で、諸縁は放下すべきであり、世間への礼儀や約束事などという小事は気にせずに、自分の思うがままに生きるべきではないかと説いたし、UFJ総合研究所の森永卓郎さんは出世、仕事一筋、人脈づくり、都会暮し、横並びの幸せなどなど、そんなものはもうやめるべきだと言った。

つまり世間を気にせず、自分の価値観に自信を持って生きる姿勢がその人の人生を真に豊かにするのではないだろうか。江戸の人の「八分目の暮らし」という生き方もそこにつながっているように思える。「もう少しペースダウン、スピードダウンしましょう。今日という日を生活の軸に据えて考え直すと、もう少しゆとりが出ると思うのです。」と締めくくって、杉浦さんは江戸へ帰っていった。

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