季節はちょうど境目である
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 緑地公園の梅園にて

 

 季節はちょうど境目である。冬ではないしまだ春というにも心もとない。本当はもう少し仕事をすべきだろうという良心の問いかけを「まあ今日は…だから、いいじゃないか」とその日その日の理由付けで納得させる。そんな日はまだ肌寒い夕暮れ時の台所の横の妻からの死角に身を落ちつける。ビールをグラスに注ぎ、ボォーッとする。              

 昨年暮れに亡くなった兄のことを思い出す。父に似て兄も私も酒がつよかったが、考えてみると父と兄と私で酒を飲んだことは一度もなかった。私は父の52歳のときの子であり、私と兄とは16歳もの年の開きがあった。つまり私が酒を飲む年齢の時には父がすでに70歳を幾つも過ぎており、兄は兄で当然別居していたこともあっての自然な結果であった。

 

しかしながら私は兄によく飲みにつれて行ってもらった。梅田地下街の立飲み屋ばかりだったが、それで充分美味しかったし、今でも良い思いでをのこしてくれたと感謝している。梅田の地下街は随分変わったと思うが、今でも当時のままの屋号だけはちらほらと残っている。「赤垣屋」、「大御所」などである。昨年の暮には一人「大御所」に行ってきた。無論立飲みの店である。兄と一緒に飲んだのはもう35年ほど前のことである。「●●●、ノマンカ」ぶっきらぼうでいて肉親の暖かさを感じさせる言葉を思い出しつつ飲む酒はつらすぎた。

                

 ビールが終る頃には冷蔵庫の中をアレコレと思案して、アテを何にするか決めねばならない。腰を上げ、窓の外を見ると向かいの家の飼い犬のRくんがご主人の帰りを門のところで待っている。気を引こうと窓ガラスをコンコンと叩いてみるが、一瞥すると「フン」である。「何やその態度は」とつぶやくと、妻が私をにらむ。「誤解、誤解」と、そそくさと石川県の地酒「天狗舞」を一合、好みの湯飲みに入れると電子レンジでチンをする。約40秒ヌル燗である。豆腐を皿に入れ、ラップをするとチンする。「奴ホット」。ネギは切ってもらえないので、カツオパックをパラパラとかけ、少し味の素をかける。その時の好みで醤油かポン酢で食する。

 

緑地公園の梅園にて

 

ライブドアとニッポン放送が世間を騒がせているが、正直言って私にはどうでもいいと思うばかりである。ネットとテレビの融合であろうが現在のテレビのままであろうが、そう変わりがあろうとは思えない。世間も興味本位にしかとらえない。好きにせえやと思う。また堀江さんの「世界最強の何とかを造りたい」とか言う言葉を聞くと、なんだかがっかりする。

 

 そんななか、むしろNHKにこそ良質な番組が作成され提供されているように思えてならない。たとえば先頃BSで放映されたのはアメリカのシカゴで日経新聞の記者をしながら地元でブルースシンガーとしての活動を続ける野毛洋子さんという日本人女性の姿だった。アメリカという白人社会の中でアジア系といういわゆるマイノリティの一員としての自己を認識しながら、地に足つけて生きている。そんな社会の断面を少しずつでも私達に提供してくれ

るNHKの良心を私は信じるものであり、十派一からげに結論付けるべきではないと考える。

 

時は移り、お酒は進む。何時しか時は過ぎ記憶も空ろとなる。いやあ「天狗舞」はおいしいですなあ。少し酔ってきたようです。

「永遠のフォークソング名曲集」。そう私たちにとってのいまやナツメロである。懐かしい名曲を沢山聞かせて頂きました。それにしてもやはり加藤登紀子さんはうまいです。「知床旅情」だったか「一人寝の子守唄」でしたか、あの低音が快い酔いを導いてくれました。ところがであります。K室さんというフォークの大御所といわれる方の「風に吹かれて」…その英語の発音の酷さには驚きました。私は英語教育には消極派であり、日本人たるものまずしっかりした日本語を習得すべきであるという頑固者ですが、その私でもあの発音のひどさには驚きました。「金もろおて歌うんやったら、ちょっとは努力せいや」。

 

最近私は封書を出すときは下手なことは承知で筆ペンで宛名書きをするようにしています。お笑いかもしれませんが、日本人であれば、筆という文化を大切にしたいと考えるからです。緒方貞子さんが「真の国際人であるためには自国の文化を大切にするのが基本である」ということを言っておられたと思います。そのとおりとしか言いようが無く英語も日本語も韓国語も本質的には自分以外の人に自分の考えを伝える手段に過ぎないわけです。大切なのは「自分」です。過去から伝えられてきた日本の文化をたとえ一つでも一生懸命に受け継ぐ努力を続けること、それが国際社会で通ずる日本人であるはずだろうと思うものです。ということで、日本文化の一部である地酒をもう一杯飲もうと思います。?

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