毎年11月の末頃にある先生のところで腹部エコーと胃カメラを受けることにしている。自慢にはならないのだが、もう10年以上も受け続けているので、自称胃カメラを受ける達人である。胃のポリープ、正確には胃腺種というが、ちょうど5年前の胃カメラで発見された胃腺種はレベルがVだった。Xがいわゆるガンということである。微妙な段階であるが、結局とってもらうことにした。正月もそこそこに淀川キリスト教病院に入院、結局半月の入院生活を送った。
胃腺種のとり方であるが、開腹手術の必要があるのかと思っていたら、内視鏡でとれるということだった。普通の胃カメラよりも少し太めの内視鏡、超音波内視鏡というものである。「内視鏡的上部消化管ポリープ切除」という処置である。まだ達人の域には達していなかったので、かなり咽(むせ)たが、何とか四十分程度の時間我慢することができた。そして当時は何故かあまり麻酔が効かず、処置の間中ボォーッとしながらも、「ああ、とってるな」と胃の辺りの感触があったのを覚えている。
入院生活はさほど苦痛なものではなかったが、同室の患者さんは私を含めて四人。それぞれが病状、性格に違いがあり、そのうちの二人の患者さんが印象深い。Sさんは60歳ぐらいの方で、大腸がんでかなり進行しているそうだったが、穏やかな性格で、親しく話をさせて頂いたりした。もう一人はこの人も同じぐらいの年代だったろう。肝硬変らしかったが、あまり良い性格とは言えず、平気でイヤホーン無しでテレビを見るような人だった。テレビというのはイヤホーンをつけていても、室内が暗いとその明滅は安眠を妨げるものである。それでなくとも夜に何度も排泄に起きねばならないSさんのことを思うと、意を決して言わざるを得なかった。「眠れない人もいるので、テレビは消して頂けませんか」。私にすれば、よくも言えたものである。
退院後半月ほどして結果の確認に病院を訪れたとき、Sさんの奥さんと待合室でばったりお会いした。「もう打つ手がないと言われました」と寂しそうに仰っていた。適切な言葉も見つからず、「元気を出してください」というようなことしか言えなかったと思う。その後どうされたのだろう、この季節になるとSさんのことが思い出される。病室には冬の陽射しがあたたかく差し込んでいたが、窓外に見える景色は冬枯れて寂しいものだった。その後幸いなことに私は再入院という事態になることなく、普通の生活をさせて頂いている。そして胃カメラを受けるたびに5年前のそんな思い出がよみがえってくる。
夫からの手紙目次へ
掲示板へ書き込み