沈黙
ホーム 上へ 春来たれり

 

 先日昼食のため入った食堂で、三人のお婆さん達と隣り合わせた。一人のお婆さんが勢い込んで喋っている。席を替わることもできず、注文したものがくるまで、そのお話を拝聴することとなった。お孫さんにゲーム機とカセットを買ってあげた話らしいのだが、それが延々と続くのである。そのうち注文した刺身定食がきたが、一向に話の終わる様子はなく、かといって興味をそそられるような展開もない。そのうちにこの人は一体何を伝えたいのだろうかと考えてしまい、そんな自分に苦笑してしまった。

遠藤周作氏の「ルーアンの丘」という作品に、氏が青年の頃フランスに留学したときのことが書かれてあり、そのなかにこんな描写があるのを思い出した。下宿先での食事は家族全員が揃って頂くのだが、その家の奥さん、マダムロビンヌは遠藤氏にこういうのである。「食事のときは黙ってはいけない。話しなさい。話さぬということは礼儀じゃないのです」。私なら悩んでしまったかもしれない。千里山の凡人の散歩道

家族とか知り合いとか数人で食事をする場合、黙っているよりも、楽しい会話があるほうが美味しく感じられるだろうことは容易に想像できる。ただ「楽しい会話」とはと考えると、意外に難しいのではないかと思う。そこにいる人の共通の話題、関心事そして価値観ということが関係すると考えられるからである。したがってそのあたりへの配慮こそが、むしろ「礼儀」のポイントではないかと思う。

気がつくとお婆さん達はいなかった。氏の代表作に「沈黙」があったことを思い出し、また苦笑した。

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