秋らしくなってきた。居合の稽古の後に飲む生ビールの三杯目が先週から日本酒に変わった。こんな季節には本棚の隅から一冊の愛読書を抜き出す。ちくま文庫「新編 酒に呑まれた頭」。著者は吉田健一氏(吉田茂元首相の息子さん)で、表紙の裏にそのごっつい顔が紹介されているが、内容はユーモアあふれる旅と酒のエッセイ集であり、休肝日(最近はほとんどないが)の夜寝る前に読んでいると飲みたくなり、そのうちに眠気がきて眠ってしまう。私にとって寝酒のような本である。そのなかの「忙中の閑」というエッセイでは忙中の閑をいくつか書かれた後で、「こういうことを幾つも長々と書いたのは、仕事をするとか、稼ぐとかいう事の他に、人間の生活が広大に横たわっているのが、近頃になって漸く感じられてきたことを活字にしておきたかったからである。」という部分がある。仕事に忙殺されてはいけない。仕事は人生の一部であり、稼ぐということも、それ自体が目的ではないと仰りたいのだと勝手に思う。
何かの本に載っていたロンドンの老庭師の生き方を思い出した。ある日本人の家の庭仕事に感心した近所の知り合いが是非我が家もとその老庭師に依頼したが、「そんなに働くことばかりに時間を使っていては…(人生を楽しむ時間がなくなるから)」という理由で断ったそうである。見事である。日本は今大変な時代であるが、考え方を変えればまだまだそんな生き方もできるのではないかという気がする。私の場合は週三日禁酒という美しい考え方があるのだが、まことに惜しいことに実行が伴わない。
H15/10