
開園前から順番待ちをするような真似を、まさか自分がするとは思いもよらなかった。そんなことは、時間と体力のあり余った物好きに任せておけばいい、と本気で思っていたというのに。あろうことか、今そこで座り込んでいるのは自分自身で。とは言え、そのくだらなさに黙って付き合ってくれる相手がいなければとても実行には移せなかったことだろう。
「・・・寒くない?」
「ヘイキ。那岐は、寒くない?」
「ちょっとね」
気遣ったつもりが気遣われて、照れ臭くなる。けれど、構える必要のない相手とこうして過ごすのなら悪くない、とも思えた。ここで今日までの珍しい限定展示がある、と知ったのはおとといのこと。それを見せてやりたい、と思ったのも本当のことだ。それでも、早朝から出かけたのには別の理由があってのこと。
「でも、こんな早くから付き合わせて良かったの?まあ、早い時間でなきゃ材料が手に入りそうになかったし、日にちもなかったからなんだけど」
「朝だけの花、夜だけ会える花・・・草も木も、生きている。ヒトも生きている。花は動けない。でも、会いたいは同じ。だから会いに行く。眠い、もつらくない」
遠夜の言葉は切れ切れで、時に抽象的だが意味は分かる。そこに不透明な打算がないからだ。その点では、布都彦も似ている。発想や思想の柔軟性については比べるべくもないが、これは意固地と自覚している自分もいい勝負だろう。
「遠夜はさ、リースとかも作ったりするんだっけ?蔓みたいなのをこう・・・丸くして、葉っぱとか木の実を付けて部屋に飾るものなんだけど」
「町は、森がない。冬は、花もない。だから、作る。冬は葉もたくさん枯れて、薬にする実もほとんど採れない。ヒトにできること、なくなる。だから、春がまた来る、シルシは作る」
「・・・そっか。実は、そういうの作ったことないんだ。これまで機会もなかったし・・・でも、今日は教えてくれる人もいるらしいし、遠夜も一緒だから何とかなりそうな気がしてきた。・・・っても、作りたいのはリースじゃないんだけどね」
その言葉に遠夜が首を傾げた時、ようやく開門の準備が始まった。と、ツナギの作業服を来た青年が一人、ひと抱えはある袋を持ち上げてみせる。
「・・・那岐を、見ている」
「うん。おととい、約束してくれたんだ。開園前に間引くから、欲しいならその時に来たら渡してくれるって」
「たくさん、ある。何か・・・香りの、もの?」
「そうだよ、森の近くで暮らしてただけあるね。食用にも使われるものだから・・・でも、あの植物にはもうひとつ意味がある。だから、今日・・・欲しかったんだ」
そう言って目を伏せた那岐の横顔には、祈るような笑みがうっすらと浮かんでいた。
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