足の指の間が痒くなる心意気

2002年11月7日(木) 「あるギャンブラーの死」

 ある男が死んだ。享年66才。若い、と言われても仕方のない年齢だろう。心臓麻痺であっという間に逝ってしまった。

 彼の晩年は孤独だった。妻とは家庭内別居。口もろくに聞かず、ほとんどメモだけのコミュニケーション。出戻りの娘と孫娘との4人暮らしではあったが。

 ある晴れた休日の昼下がり、犬の散歩から帰る途中、心臓の発作に見舞われた彼は這うようにして我が家に帰り着いた。玄関先でまだ八つになったばかりの孫娘に看取られながら、息を引き取っていったという。財布の中には日曜日にとったばかりの当たり馬券が大切にしまわれていた。

 勤め人だった若い頃から彼は相当なギャンブル狂いだった。麻雀は言うに及ばず花札、トランプ、パチンコ、競馬、競艇、競輪。およそ賭け事と名の付くモノで彼が手を染めていないモノはなかっただろう。

 麻雀はとにかく早打ちで、かつ途方もなく強かった。戯れに一度家族麻雀の卓に混じってもらったことがあったが、ほのぼのまったりとした家族麻雀のテーブルが一瞬にしてヒリついた鉄火場に豹変してしまったその光景は忘れられない。西武ライオンズ前監督、球界一の雀士にして、麻雀賭博での送検経歴も持つ東尾修氏とは無二の雀友だったという。

 カジノにもかなり入れ込んでおり、韓国へしばしば出かけ、外国人なら公然と参加できるカジノホテルに年に何度も通い詰めた。そのあまりの行き来の激しさに、とうとうパスポートにスタンプを押す場所が無くなり、釜山のイミグレーションで不審者としてあらぬ疑いをかけられ、数日間拘束されたとか。彼は確かに運び屋ではあったが、運んでいたのは白い粉などではなくカジノで稼いだ戦利品だった。

 棺に納められた彼の顔は、穏やかなものだった。心残りもあっただろうが、好きなことをやり尽くした彼の最期は、愛して已まなかった孫娘に看取られ、暖かな彩りで締めくくられたに違いない。

 彼の棺には、菊の花とともに彼の最期の当たり馬券が一緒に納められた。これを元手にあの世でもすでに次のレースの予想を始めていることだろう。

 安らかに、などと陳腐な言葉を投げかけてみても、彼はきっと鼻で笑うに決まってる。向こうでもきっとヒリついた鉄火場に身を置いてるに違いあるまい。灰になっても牌を握ってる。太く短く生きた男の背中は、死んでからの方が雄弁だった。

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地獄の沙汰も 金次第かな
3太郎


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